第16話 『僕らの隣に座っていた天使』
突然だが自己紹介をしようと思う。
僕の名前は
彼女いない歴=年齢。こんな僕に春なんて一生来ないと思っていた。
そう。君に出会うまでは。
「お、おね、がいします……」
「こ、こちらこそ……」
同じ図書委員になったクラスの女子の木下七海さん。見た目からしてこちら側の人間だろうというのは一目見て分かった。でも話し方もおどおどしてて、男子の事を苦手そうな雰囲気を醸し出していた。
きっと仲良くなれることは無いんだろうなと半分諦めていたある日、僕は図書室で天使を見た。
初めは誰か分からなかった。僕があまりの美しさに目を奪われていると、その女子は僕の事に気づいたようで、急いで前髪をワシャワシャと元に戻してその場を去ろうとした。
「ま、まって!」
「ヒッ…………!?」
僕は思わず彼女に声をかけてしまった。彼女もかなり動揺していて、いつものようにおどおどするようになってしまった。
どうしよう。完全にやらかした。そう思い、何か誤魔化せないかと思考を巡らせていると、彼女が読んでいた本のタイトルが目に入った。
「そ、それ………『ハンガン』だよ…ね?ぼ、僕も、好きなんだ。アニメも全部見た」
「え……………ホントに?」
「う、うん…………」
彼女が手に持っていたのは少し前に流行った漫画の小説版だった。王道のストーリー展開で人気になり、アニメ化までされた隠れた名作だ。
「え、え、……え、推しとかいますか!?」
「推しと言われても……」
「木下さん。図書室ではお静かに」
「は、はい…………すいません……」
突然の彼女の熱量に僕が気圧されていると、司書の先生から注意を受けてしまい、彼女は恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「好本くんも……すいません………わ、わたし…勝手に………」
申し訳なさそうに謝られ、僕はなぜか余計な一言を言ってしまうのだった。
「えっと……こ、この後…暇?よければ…カラオケとか………行かない?僕も……ハンガンの話したいし…」
仲良くなる気なんてなかったくせに、彼女の素顔の美しさと、そんな彼女と共通の話題があったというだけで一気に距離を詰めてしまった。
やらかした。絶対に引かれる。その前になんとか訂正を……
「あ………やっぱり……」
「…………いい、ですよ」
「へ…………」
「え……?」
『ね、ね。見た?さっきの生配信!二期決定だって!』
「マジで神。PVの作画とんでもなかったし…これは期待出来るよな。二期ってことはセリアの覚醒まで入るっぽいよな」
『いやいや告白までやると思うよ。PVの台詞ちゃんと聞いた?あのシーンの直前の台詞言ってたよ?』
「え、マジ?だとしたらかなり駆け足になんない?」
『区切り良いのはあそこだからね仕方ない……でも二期があるだけ私は嬉しいよ』
あの日以来、僕らはたまに通話をするくらいには仲良くなった。木下は僕と話している時はとても饒舌で、クラスにいる時とは全くイメージが違った。
それがなんだか僕だけが彼女の魅力に気づいているようでとても嬉しかった。たまに遊びにも出掛けていたし、このままいけばもしかして……とすら思っていた。
だけど僕は彼女に告白する勇気がなかった。しばらくこのままで良いと、自分に嘘をつきながら彼女との関係を続けていた。
2年生に上がり、彼女とは同じクラスになれた。1年経っても僕らの関係は進展せず、仲の良い友人という関係のまま過ごしていた。
『ね、ねぇ好本くん………宮野くんと仲良かったり……する?』
「…………い、いや??」
そんな5月の中頃。いつものように通話をしていると、彼女からそんなことを聞かれた。
宮野という男子については知っている。うちのクラスのゆるふわ女子、水上乃愛の幼なじみの陽キャだ。かわいい妹がいるらしく、度々教室に乗り込んでくるボーイッシュな後輩。さらには生徒会長とも繋がりがあると噂されている人生の勝ち組だ。
そんな男子の名前が聞こえてきて、僕は焦った。宮野の事を聞いてきた彼女の声色はどこか恥ずかしそうで…………
「な、なんだよ。まさか惚れてるとか…か?」
『………み、みんなには秘密だよ?』
わざわざ聞かなくても良いことを聞き、見事に撃沈。その後の彼女の話はひっっっとつも頭に入ってくることはなかった。
「あ、好本くん今週末さ…………」
それからというもの、彼女と話すのを避けるようになってしまった。
情けない理由だが、こんな僕が努力しても宮野に勝てるわけがない。ただの友人として、大人しく身を引くべきだと、勝手にそう考えていた。
そうしていつの間にか夏休みに突入してしまい、僕は何をするわけでもなくひたすらにネットサーフィンをしていたある日。SNSでとある写真を見つけてしまった。
今日は8月11日。会場の雰囲気からしても恐らくコミケだろう。行こうとは考えていたのだが、なんだか二の足を踏んでしまって結局は行かなかった。
投稿されているアカウントの持ち主は有名な男のコスプレイヤーで、自身もハンガンに出てくるキャラクターの格好をしていた。
それだけならまだ良かった。
だがその隣にはどこか見覚えのある美しい女性も一緒に写っていた。
楽しそうにポーズを取り、見たことのある顔で、見たことのない笑顔をカメラに向けていた。
他人の空似だろう。いや、そうであって欲しい。というかもし本人だとして何か問題があるのだろうか。彼女は宮野に惚れているはずだ。いくらなんでも………そんな……
「……………シコって寝よ」
そういう漫画の読みすぎだ。オフパコなんてあるわけない。そう考え、その日は彼女にそっくりなコスプレイヤーさんのさらけ出された大きな胸でスッキリすることにしたのだった。
そうだ。夏休みが明けたら彼女に謝ろう。そして宮野と付き合ってないのであれば僕も気持ちを伝えよう。僕と彼女の仲だ。それくらいで関係が悪くなることなんて無いだろう。
だが、夏休みが明けた教室は異様な空気に包まれていた。
全員がある1人の女子生徒に目を向け、あちらこちらでヒソヒソと話をしている。
だがその渦中の女子はそんな視線を気にすること無く、ただただ本を読んでいた。
僕は勇気を出し、その女子に声をかけることにした。
「えっと…………久しぶり……木下…だよな?」
「あ、好本くん。久しぶり。元気してた?」
長く、重い印象のあった髪を綺麗に整え、眼鏡を外し、コンタクトにしていた。この時点で薄々嫌な予感はしていた。だが木下が好きな人と付き合えたのならそれはそれで良いと、そう思っていた。
「あれ……木下さんどうしたの?イメチェン?」
僕の後に登校してきた陽キャの女子が声をかけた。
「……ちょっとね」
「え、もしかして……これ??」
その女子が小指をクイッと立てると、木下はそれに恥ずかしそうに頷いた。
「実は…………えへへ…」
「うっわ……え、どんな人どんな人?うちの学校?かっこいいの?」
「えっと………ネットの人なんだけど……すっごいカッコ良くて、優しいんだ」
「え、それでイメチェンしたの?すっごい似合ってるよ!かわいすぎて天使かと思ったもん!」
「うん……彼がこんな私の事を好きだって言ってくれたから…自分に自信が持てたんだ」
「うわぁ…………ぇ、ちょっと詳しく聞かせてよ!」
それからというもの、彼女はクラスの…いやそれどころか学年中の人気者になっていった。それに比例するように彼女のSNSと思わしきアカウントもバズりバズった。本当にアニメから出てきたかのような美貌と、その抜群のスタイルで人気を集め、3年生に上がる頃には配信者としての才覚も表すようになり………あの日に出会った彼女の姿を見ることはなくなってしまった。
もし。
もし僕が1年生の頃に告白していたら。
もし宮野に負けないようにと勝負をしていたら。
もし、僕が彼女の魅力を恥ずかしがらずに褒めてあげられたなら。
今、画面の向こうにいる天使は、僕の隣に居たのかもしれないのだと、一生後悔することになるのだった。
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