第15話 1000年に1度の伏兵現る

 放課後。駅前のとある喫茶店にて、俺は女子ふたりと向い合わせで座っていた。


「ふたりとも同じクラスだから知っているだろうが、改めて紹介しよう。この子は木下七海。私の大切な友人だ」


「…………お、おお願いします……はい」


「こちらこそ……」


 栞からの紹介に合わせ、おずおずと頭を下げる。ここに来るまでもそうだったが明らかに俺を怖がっている。こんな状態でまともに話が出来るのだろうか。


「では七海。この男子が私の大切な友人である井伏零央だ。顔は怖いが根はとても優しいから安心するといい」


「ここここ怖がってません!あ、……いや、ごめんなさい……大声、出して………」


「……今さらそういうの気にしてねぇから。隠さなくていいぞ」


「え、……いやでも…………」


「ほらな。優しいだろ?」


 何故か栞はニコニコと自慢げになり、会話もままならない俺達の代わりに話を確認しはじめた。


「さて井伏くん。当日は同行してくれるということで大丈夫かな?」


「……大丈夫っす」


「七海も。それでいいかな?」


「わ、わたしは…………えと……栞ちゃんが決めたことなら………」


 七海のその消極的な答えに栞は「仕方ないか」と肩をすくめ、改めて俺の方を向き直した。


「なぁ井伏くん。少し頼みがあるのだが」


「なんすか?」


「当日まで少し時間がある。それまでに七海と親睦を深めておいてくれないか?」


「え!?!??」


 栞の唐突な提案に、俺よりも先に隣に縮こまっていた七海がリアクションをとった。


「なな、なに言ってるの栞ちゃん!?そんなっ……彼にも迷惑だって!」


「まず落ち着いてくれ七海。とりあえず声のボリュームを落として冷静になるといい」


「あ、…………すいません……」


 七海が大きな声でリアクションしたものだから店にいた他の客や店員からも視線を集めてしまっていた。その事に気づいた七海はさらに縮こまり、顔を真っ赤にして黙ってしまった。


「とまぁこの有り様だ。これでは週末のイベントも満足に楽しむことは出来ないかもしれない。だから君には七海と仲良くなって欲しいというわけさ」


「俺はいいっすけど……」


「ありがとう。あぁそれとだな」


 栞は急に立ち上がり、俺の隣に移動してくると、七海には聞こえないように耳打ちしてきた。


「これを機に男子への耐性をつけさせたいというのが本音だ」


「………そんなことだろうと思いましたよ」


「ふふっ………流石だな」


 今回の件は普通に考えて俺が同行する意味がなかった。だとすれば何か他に思惑があると考えるのは自然だろう。


 それよりも…………!!



「……どうした?耳が赤いぞ?」


「いや………これは……」


 耳元で栞の低い声で囁かれるとどうしても反応せずにはいられない。吐息が耳に触れる度にゾクゾクしてしまう。


「おや……まさか照れてるのか?これくらいは慣れているものだと思っていたのだが…やはり君はまだまだかわいい後輩だな」


「……そりゃ会長みたいな美人に近づかれたら照れもしますよ。人をなんだと思ってんすか」


「ッ!?………そ、そうか………すまない…」


 栞の体が一瞬跳ねたかと思えば、その後すぐに俺の隣から逃げるように元の席へと戻っていった。


「ま、まぁ。そういうことだ。うん。というわけだ。えっと……仲良くするんだぞふたりとも!」


 顔を赤くした栞は強引に話をまとめると、その日は解散することになったのだった。








「と言われてもなぁ…………」


 翌日。栞から難題を押し付けられた俺は、授業中に静かにそう呟き、前の席にいる七海を観察していた。


 教室で話しかけようものなら一大事だろう。七海がテンパりまくって宮野が飛んでくることは確実だ。


 となれば方法は1つしかない。引き受けた仕事はちゃんとこなすとしよう。そうしなければ栞から小言を言われ続ける未来が見える。アイツなら絶対してくる。





 というわけで放課後。初めて学校の図書室へと足を運ぶことにした。図書室に人気はなく、そこそこの広さがあるせいで余計に閑散としている印象を受ける。


 だが七海なら夏休み前は必ず放課後はここに居るはずだ。どこか人目につきにくい場所で本を読んでいるは…………ず……




「……………………」



 思わず目を奪われた。彼女がここに居ることは分かっていたはずなのに、彼女が本当は美人であることも知っていたはずなのに、それでも俺の思考は一瞬固まってしまった。


 いつもの重たい前髪を左右に分け、背筋をしっかりと伸ばして本と向き合っているその横顔はとても綺麗で、昨日のあたふたしていた人物と同じとは到底信じられない。顔つきから何まで違いすぎる。メタい話をするとそもそも画風が違うような気がする。俺達とは別次元だ。



 ………正直七海の事は今まで甘くみていた。だがこれは確かに効く。初見じゃない俺ですらこのダメージだ。こんなの夏休み明けにいきなりぶつけられたら本当に脳が焼き切れて死人が出るんじゃないか?



 あの時は分からなかったが、こうして本人と遭遇することで、とある感情を抱いてしまった今の俺ならこのゲームのレビューにあった言葉の真意が分かる。



 投稿者曰く、「七海関係が一番辛い。昔を思い出して泣きたくなる」とのことだ。





 8月11日日曜日~

 イベント名『僕らの隣に座っていた天使』



 対象ヒロイン 木下七海

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