第14話 フラグの折れる音がした

「さて昨日の件だが、考えてくれたかな?」


「まぁ……一応は」


 卵焼き事件の翌日の放課後。俺は生徒会室にやってきていた。

 本当なら昼休みに話すつもりだったのだが、燈が「ボクも作ってきました!」と少し焦げた卵焼きを持参し、俺達ふたりであーでもないこーでもないとアドバイスをしていたらいつの間にか昼休みが終わっていた。


「俺個人としては問題ないです。でも相談主が俺の事を受け入れてくれるかどうかってのは……微妙なとこじゃないっすか?」


「そこは安心していい。私が説得しよう。君はとても素晴らしい男子なのだとね」


「そんな戯言が信じてもらえるといいんすけど……てかぶっちゃけ木下ですよね?同じクラスの」


「…流石井伏くんだ。そこまでお見通しとは」


「木下なら俺より適任の男子がいるじゃないですか。ほら会長の知ってるところで言うと宮野とか」


「宮野くんか……それも考えたんだがな…」


 主人公君の名前を出した途端、栞は渋い顔をしてしまった。


「最近彼は少し荒れていてね。原因は恐らく私が君の事について話をしたからだろう。君がそんなに悪い奴じゃないと説得してみたのだが…逆効果だったよ」

「それに、実は水上さんとも上手くいってないそうなんだ。この前も喧嘩したとかなんとかで……」


「なるほどそんなことが……」


 最近の主人公君の視線が前よりも痛いと思ったらそういうことか。自分のかわいい後輩だけではなく、頼れる先輩すら井伏零央と仲良くしているという事実が耐えられないのだろう。まぁその気持ちは分かる。情報だけならほぼNTRみたいなものだからな。

 それにしても乃愛とも上手くいってないというのは意外だった。ゲーム中とは違い、アイツらには俺という邪魔者がいない。

 パパっと付き合って青春を謳歌するものだと思っていたのだが…まさか乃愛ルートではなく妹ルートにいっているのか?


「というわけで今の彼には頼りづらいというのが理由だ。分かったかな?」


「………それは分かりました。でもそもそも俺っていります?会長が1人いれば大体の男なんて投げ飛ばせるでしょ」


「そうか。なら君はそのイベントで私がナンパ等をされても嫌ではないということだな」


「………………っ」


「あれだけ私の事を気にかけ、喧嘩までして守ってくれたのに……あぁそうか。最近はかわいい後輩に夢中なのだな。残念だ。私も良い出会いを探してくるとしよう」


「………言い方悪すぎますって」


「…………これならノってくれるだろ?」


 栞はしたり顔でこちらを見てきていた。栞の事だ。大抵のバカは投げ飛ばせるだろう。だけど、栞は絶対ナンパとかに弱い。あれやこれやと流されるのが用意に想像がつく。


 ……まさかこれは新しいフラグ?俺が栞の破滅フラグをへし折ったおかげで栞が学校を辞めなかったから七海から相談を受け、新たなフラグが誕生したという可能性もある。

 このゲームの性質上、ここから何が起こるかなんて怖くて確かめたくもない。七海1人なら良い。だがもう1人は作中最胸糞の栞だ。強制力によって大変なことになるかも…



「……分かりました。何がなんでも着いていきます」


「…ん………そうか。ありがとう」


 俺の言葉に栞はとても嬉しそうに頷いてくれた。どこか顔も赤いような気がする。


「……さ、さぁ。話は終わりだ。七海には私の方から伝えておく。もし七海が良いと言ってくれれば明日にでもまた集まるとしよう」


 栞は何かを誤魔化すかのような身振りで俺に帰るように促した。そんな急かされなくても――


 コンコンコン


「栞先輩。いますか?」



「「!!!?」」


 扉を開けようとしたその瞬間。向こう側から男子の声が聞こえてきた。この声は…恐らく主人公君だ。栞もその事には気づいているようで動揺しまくっていた。


「あ、あぁ!いるとも!だが少し待ってもらってもいいかな!?」


 栞はすぐに俺の手を引っ張り、小声で話しかけてきた。


「頼む。私の席の下に隠れておいてくれ。今の君と彼がこんなとこで出会ったら大変なことになりそうだ」


「…………うっす」


 俺も今の主人公君の様子については知りたかった。ここは大人しく指示に従うとしよう。


「すまない!待たせたな!」


 栞は少し取り乱しつつも、自身で扉を開けて主人公君を迎えた。


「いえ全然……ところで栞先輩。井伏の件。考え直してくれましたか?」



 何を話しに来たのかと思えば俺の事かよ。暇だね君も。



「……考え直すも何も、私の見解は1つだ。彼はそんな悪人じゃない。少なくとも今はね」


「だったら理由を教えてくださいよ!燈も栞先輩も……詳しいことは1つも教えてくれないのに井伏は悪くないって……そんなの信じられないですよ!」


「理由なら言っただろう?君から頼まれて、話しているうちに私がそう判断しただけだとね。特別なことなんてない。本当にそれだけだ」


 そりゃふたりとも詳しい理由なんて言えるわけない。男に襲われそうになった所を助けてもらった~なんて。そんな出来すぎた話があるわけない。特に燈はそれを言ってしまえばそこに至るまでの経緯も話さなければならなくなるだろう。

 しかも今の主人公君では言ったとしてもどうせ信じてもらえないんだろうなという雰囲気が伝わってくる。


 とはいえ、主人公君の目線じゃかなり難しい話だ。選択肢を間違えずになるべく穏便に話が済めばいいのだが……


「…………でも栞先輩なら知ってますよね。先日この辺りで喧嘩があったって話。うちの生徒も何人か居たって聞きましたよ俺」


「そうだな。父から聞いたよ」


「じゃあこれは知ってますか?その喧嘩の原因は井伏だって話」


「…………へぇ初耳だ」


 俺も初耳だ。いやまぁ俺から吹っ掛けたからあながち間違ってはない。


「先輩はアイツが変わったとか言ってますけど……現に喧嘩をまだしてるんですよ!どうせ下らない理由です!何も変わってないんですよ!燈や栞先輩だって今は騙されてるだけできっとそのうちアイツから襲われ―――」



「なぁ楓くん」




 あ、キレたな。声色が低く冷たくなった。




「私達を心配してくれてるのは伝わってくる。ありがとう。感謝するよ。だがな………今日はもう余計なことを喋らないでくれ。でなければ君に対しての認識を改めることになりそうだ」



 こっわ。俺なら栞にあんなこと言われたら普通に泣くぞ。



「で、でも…………」



「………確かに君の言い分も一理ある。私も昔の彼については調べたさ。喧嘩三昧で碌に登校すらしてなかった。まさしく不良だ」

「だが今の彼はどうだ?学校にもキチンと来ているし、成績も悪くない。先日の喧嘩は私の聞いた話だと女子生徒を守るためらしい」


「…………で、でも!その女子だってどうせアイツみたいなクズの――」



 あーーー……



「喋るなと言ったはずだが?」


「ぇ…………」



 こりゃダメだ。完全にやらかしやがった。



「……君は人を見た目や悪い噂で判断せず、もっと芯を捉えている男だと思っていたのだがな。どうやらそれは異性相手にだけのようだ」


「ぃや俺は……ふたりの事を想って……」



「想って?なんだ?君には水上乃愛がいるだろう?私達にうつつを抜かしている暇があるのか?」


「別に乃愛とはそういう関係じゃ……」


「そうか。そういう関係ではなかったのか。あれだけ仲良さそうに過ごしていたのに。意外だな。じゃあ私からも言わせてもらおう。君とはそういう関係ではない。今日この瞬間からな。だから私の事は気にしないでくれ」


「ぇ……いや…俺は…………」


「君が井伏くんとしっかりと話をし、昔の彼ではないと判断した上で、まだ言いたいことがあるならもう一度来るといい。その時は私も君の意見を聞くとしよう」


「………ぁ……ご、ごめん待ってくれ。俺が悪かった。だから―――」


「敬語を忘れているぞ。私の方が先輩だ。気をつけたまえ」



 栞はそう言い放つと、ピシャリと生徒会室の扉を閉めた。その閉められた扉を主人公君が開ける事はなく、しばらくして重たい足音が遠退いていくのが聞こえるのだった。



「………はぁぁぁぁ」



 栞は珍しく大きな溜め息をつき、その場にうずくまった。好きだったはずの男子にあれだけキツい言い方をしたのだ。相当辛いだろう。


「……言い過ぎじゃなかったっすか?」


「分かっている………分かっているのだが……どうしても我慢が出来なくて……」


 凹んでしまっている栞の隣に並ぶように俺もかがみ、とりあえず励ますことにした。


「しょうがないっすよ。男ってあんなもんです。女子に対してはどうしても贔屓目がありますから。それに俺の去年までの悪評だって嘘じゃない。会長の事を心配にもなりますよ」


「それも分かっている。だがな…………」


「……惚れてた分。ダメージもデカイと」


「なっ…!!?君は一体どこまで知って…」


「あ、マジっすか?冗談だったんすけど」


「………………最低だ」


「…………すいません」



 その後は、栞がショックから立ち直るまで生徒会室でのんびりと過ごし、しばらくして落ち着つきを取り戻した栞から、帰りにアイスを奢るようにとねだられてしまうのだった。

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