第13話 迫りくる次なるフラ……グ?

「お邪魔しまーす」


「しまーす!」


「いらっしゃい」


 7月8日月曜日。昼休みに生徒会室まで足を運び、3人で弁当を食べるのが最早日課になっていた。


「早速で悪いが井伏くん。今週末は暇か?」


「週末っすか?多分暇ですけど……」


「会長さん…………」


 栞の唐突な誘いに、燈は目を鋭くして威嚇し始めた。


「違う違う。そう睨まないでくれ燈ちゃん。井伏くんとのデートも魅力的だが、今回はそれじゃないよ」


「今回は!!?」


「……あんまり世良で遊ばないでくださいよ。いいから早く要件をどうぞ」


「そうだな。悪かった。では本題に入るとしよう」



 栞は急に立ち上がると、俺が座っている机の上に謎の小さな包みを置き、何事も無かったかのように自分の席に戻って話を始めた。



「今回の話はとある生徒からの相談でな。君達なら他言はしてくれないと信じている。あぁもちろん本人の許可も貰っている。信頼できる友人に手伝ってもらうかもしれないと」

「今週末は連休だろう?それで日曜日と月曜日にとあるイベントが行われるそうなんだ」

「私はそういうことに疎いのだが……アニメのコス…プレ?とやらのイベントらしい。相談主は遠方の知り合い数名と行く予定だったらしいのだが、全員それぞれの事情で来れなくなったとの事だ」

「ちなみにその包みの中は卵焼きだ。口に合わなかったら遠慮せずに言ってくれ。味の好みも教えてくれると助かる」

「だが相談主はどうしてもそのイベントに行きたいらしく……自分1人では不安で、出来れば頼りになる人物が側に居てくれたら…ということだ」

「私を頼ってくれたのは生徒会長でもあるのと同時に、その相談主とは少し縁があってな。出来るだけ協力してあげたい」


「さて、どうだろう井伏くん。私としては男の君が同行してくれれば嬉しいのだが…」



「あの………一気に情報を流し込むのやめてもらっていいっすか?」


「…………もう一度聞くか?」


「いや結構です。大体分かりましたんで」


 途中から完全に聞き流していたが問題ない。この相談主というのは十中八九、木下七海だろう。先週の昼休みに生徒会室を訪れたことと、ゲーム内でも同じような話の流れをうろ覚えだが聞いたような気がする。

 つまり恐らくはこれは七海のイベントにおけるきっかけの部分。燈のイベントに照らし合わせると裏アカを作ったタイミングのようなものだろう。


 そろそろ七海イベントの時期である事が頭からすっぽり抜けていた。というか七海の事をどうにかしようという気が今の俺にはもう無かったというのもある。なんてったって七海の話は………


「あの、会長さん」


「ん?どうした?」


 俺がどう返答したものかと悩んでいると、燈が俺の目の前に置いてあった包みを指差して栞に問い始めた。


「これ……何て言いました?」


「卵焼きだね」


「…………誰の?」


「…………井伏くんのだ」


「………………なんで?」


「…………コンビニ弁当ばかりでは栄養が偏る。それに私は普段から自分の弁当は自分で作っていてね。少し作る量を増やせば良いだけだから手間もかからなかった。だから今日は手始めに私の味を知ってもらうためにも卵焼きを食べてほしいと思ったわけだ」


「そういうこと聞いてるんじゃないんですけど…………!」


 飄々と語る栞に対して、燈は珍しく怒りを露にしていた。


「これじゃまるで……お、およ………」


「ん?およ?」


「およ……およ、め…………さんみたい…」


「んー?」


「おい。あんまり世良をいじめるなって言ったよな?」


 顔を真っ赤にして言葉を言い淀んでしまっている燈の代わりに、栞に対して口調を強めにして注意することにした。


「…悪い。でも私だって君の健康を思う気持ちは本当なんだぞ?」


「だったら予め言っといてくれ。俺が卵アレルギーとかだったらどうすんだよ」


「………それはそうだな。すまない」


 栞もバツが悪そうな顔になり、なんだか気まずい空気になってしまった。女子がふたりいるとこんなに面倒な事が起こるのか。要注意だな。


「ほら会長も謝ってるしさ、な?元気出せって」


「………………ボクが食べます」


「……え?」


 なんとか燈を元気付けようと声をかけると燈はそう呟き、俺の目の前に置かれていた包みを奪い取って開け、細長い箱に綺麗に並べられた卵焼きと対峙した。


「センパイに食べさせるくらいなら………あむっ…………ん………んぅ………」


 そのまま1つ。また1つと卵焼きを食べ進めた。その間特に感想を述べることもなく、ひたすらに食べていた。


「……………はいセンパイ。あげます」


 かと思えば残り1つになった卵焼きを俺の元へと戻した。もしかしてあまり美味しくないのか。そう思いながらも俺も食べることにした。



「……うっっっっっま」


 ハードルが下がっていただけでは無いだろう。俺が前世で食べていた卵焼きと比べてもダントツで旨かった。そしてどうやらそれは燈も同じらしく、半泣きになりながらこの味を堪能していた。


「ほんとにおいしぃ………こんなの勝てない……」


「口に合ったのなら良かった。そうだ燈ちゃん。今度機会があれば作り方を教えるよ」


「ぇ……いいんですか!!?」


「あぁもちろん。とはいっても特別なことはしていない。それに燈ちゃんならもっと美味しく作れるはずさ」


「ッ…ありがとうございます!会長さん!!」


 ふたりの関係が崩れなくて本当に良かった。これで一件落着………………ん?



「……今日の本題って卵焼きだったか?」


「……その話はまた明日にするとしよう」

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