第11話 くっころ系ヒロインは見守りたい
「さて……そろそろ説明してもらおうか」
リーダー格の男を投げ飛ばした栞は倒れている俺の方へと歩きながら女を問いただしていた。
「こ、これは………コイツ!!コイツがワタシのこと脅してたの!!!」
いくらなんでもこの期に及んでそんなデタラメが通用するわけないだ――
「そうなのか井伏くん?」
「んなわけねぇだろ!!!バカか!!!」
あまりにチョロすぎる栞に思わず大声でツッコミをいれてしまった。すると栞はクスクスと笑い始めた。
「悪い…冗談だ」
「そんなこと言ってる場合かよ………」
こんな状況で冗談を言えるくらいには栞は落ち着いているのだろう。焦っている俺がバカみたいだ。
「あんたらいつの間に……くそ…それ以上近づくな!!コイツ殺すぞ!!」
そんな冷静な栞とは裏腹に、このクズ女は俺の背中に馬乗りになり、そのまま首もとに隠し持っていたナイフを突き立てて脅し始めた。
「……だそうだが、井伏くん。助けが必要かな?」
「………人使いが荒い会長様だ」
「は?あんたらさっきから調子に……ってちょ!!?」
先ほど栞に大声でツッコんだ時に体がもう動くことに気付いていた。そして未だに俺が動けないと思い込み、震える手で使う気のないナイフを突き立てている女をはね除けるように一気に上半身を持ち上げた。
「いったぁ………って、あ……」
俺はその勢いのまま立ち上がり、女が落としたナイフを栞の方へと蹴り飛ばした。
「まだその自慢のポケットから物は出てくるか?」
「……っ…クソが…………」
女が悪態をつくと同時に、公園の近くに車の停まる音がした。するとすぐに警官が数人やってきて、今起こっている事を説明するようにと俺が怒られてしまった。というより今この場でピンピンしていて、なおかつ人相が悪いから仕方ないっちゃ仕方ない。
警官曰く、この公園で喧嘩が起こっているという通報があったそうだ。恐らく通報したのは栞だろう。
俺としても警察には用事があった。大人しく事情聴取に応じるとしよう。コイツらが犯罪者共である動かぬ情報も持っている。運が良ければ数日で見逃してもらえるはずだ。
そんなわけで倒れている男達やクズ女と共に俺がパトカーに乗ろうとして栞の隣を通りすがった時、栞からこっそりと耳打ちされた。
「月曜日の昼休み。生徒会室で待ってる」
「………………」
月曜日にちゃんと学校に行ければいいけどな。と思ったがそれは口に出さず、俺からは何も答えないまま、近くの交番へと連れていかれるのだった。
7月1日月曜日。生徒会室前にて。
「センパイ!ボクここで待ってますね!何かあったら叫んでください!」
「はいはい………」
ビックリするくらい俺はあっさりと解放され、週明けには無事に学校に復帰出来た。
警察にはアイツらがやってきた事についても話した。その詳しい説明とかなんか色々あるもんだと思っていたのだが、金曜日が完全に潰れたくらいだった。
だが金曜日に学校に行けなかったせいで燈は俺の事を目茶苦茶心配しており、今も生徒会室前までついてこられた。
「失礼しまーす」
「おや。もうお許しはもらえたのかな?」
生徒会室に入ると、一番奥の席に座って仕事をしている栞がニヤニヤしながら問いかけてきた。
「妥協してもらっただけだ。だから手短に頼む」
「分かった。では早速だが…」
栞は仕事をしていた手を止め、立ち上がって俺の目の前にやってきた。俺の顔を見上げ、一瞬ボーッとしたかと思えば、小さな声で呟いた。
「…………やはり君は大きいな。私も背丈には自信があったのだが」
「…………それが話したい事か?」
「あ、いや…………コホン!」
少し顔を赤くし、わざとらしく咳をしてから栞は俺に深々と頭を下げた。
「ありがとう。助けてくれて」
「……なんの事だか。むしろ助けられたの俺なんだけど」
一応形だけでも誤魔化してみる。だがそもそもあの現場に来られた時点で大体はバレてはいるのだろう。だからこれはただの照れ隠しに過ぎない。
時は少し遡って6月27日木曜日の昼休み。
俺は栞とあの女についての話をしていた。
「よぉ」
「……なんだ君か。どうした?」
わざわざ3年のフロアに足を運び、周りの3年生からの睨まれながら栞を探しだし、声をかけた。
「先週よ、柿崎に相談されただろ?」
「………知らないな」
あの日の栞はかなり憔悴しきっていて、普段のような立派な佇まいを感じることは出来なかった。
「実はさ、俺とアイツって仲良くてよ。俺も相談されてたんだよ。昔の男に脅されてるって」
「………………」
栞は自分しか知らないはずの情報が俺の口から飛び出してきたことに驚いたようで、黙って俺の話を聞いていた。
「でさ、あの話もう解決したらしいんだよ。なんでも例の男が別件で捕まったとかで……アイツも解放されてめっちゃ嬉しそうだった」
「…………そうか」
「だからもう大丈夫。アイツもしばらくは忙しいらしいからまた今度あんたに感謝しにくるってさ」
叩けば埃が出てきそうな嘘だった。しかし栞ならアレくらいで騙せると思っていたのだが……流石に甘く見すぎたようだ。
結果として栞を巻き込むことになってしまい、俺が裏で解決しようとしていたこともバレていたのだろう。普通に恥ずかしい。
そして今日。先日の答え合わせを行うために、俺は栞からの誘いを受けたのだった。
「………私は君についての認識を改める必要がありそうだ。君は聡明で、勇敢で、優しい人間だ。何が君をそこまで変えたのかは分からないが……良い出会いでもあったのかな?」
「…………どうも」
生徒会室の扉をチラリと見て、微笑まれる。
なにやら勘違いしているようだったが、前世の記憶とか言っても信じてもらえないだろうからそういうことにしといた方が無難だ。
にしてもゲームの知識と借り物の肉体を使っているだけなのに、こうも正面から褒められるとどうにもむず痒い。悪いことをしている気がしてしょうがない。
「これまでの非礼を詫びよう。本当に申し訳な――」
再び頭を下げようとした栞の肩に手を掛け、謝罪を止める。
「……あんたは生徒会長として、やるべきをやってるだけだ。気にすんな。だからその……謝んなくていいから」
「…………じ、実はだな」
頭を下げるのを止められた栞は急にモジモジとし始めた。何か言いにくいことでもあるのだろうか。
「君を疑っていたのは……その…生徒会長というより…個人的な話で……」
「……どういうことだ?」
「…………本人には伝えないで欲しいのだが、実は君と同じクラスの楓く……宮野という生徒がいるだろう?その宮野くんから頼まれてな。最近妹の友達に絡んでいる不良がいると。なんとかして欲しい……とな」
「…………はぁぁぁぁ」
またアイツか。なんで話に出てくる度に株を落としてんだよ。自分で何とかしろよ…そんなんだからヒロインを(以下略)
「どうか宮野くんの事を悪く思わないで欲しい。元はといえば私が二つ返事で応じたのが悪いのだ。今度彼には君への認識を改めるように話をしておくよ」
「……俺は大丈夫だ。気にしてないから」
「だ、だがな……」
「それよりも。俺からもいくつかいいか?」
「……あぁ。好きなだけ答えよう」
話を遮るように俺からの質問を始める。これ以上あのナヨナヨ主人公の話を聞いてたらイライラしすぎて目があったら殴りそうだ。
「まず。なんであの場に来たんだよ」
「………とある人物からの助言があってな、『あんまり人の事を信じすぎるなよ』と」
「なるほど……」
「その人物はぶっきらぼうに振る舞っているが、実は心の奥底では常に人の事を想っていて…」
「はいはいそこまで聞いてねぇよ」
まさかあの日に余計な事を言っていたのが原因だとは。だがその理屈だと……
「人の言うことを信じるなっていう言葉は信じたんだな」
「……………………ん?」
少しイジワルがしたくなったので屁理屈を言ってみた。すると栞は首をかしげ、しばらく考え込み…………
「………まさか私を騙したのか!!?」
「ブフッ…!?なんだよ騙すって…!」
俺の屁理屈に真面目に考え込み、そんな意味不明な結論を出して焦りまくる栞が面白くて、思わず吹き出してしまった。
「だって……君が信じるなって………」
「はいはい悪かったよ。俺の言葉を信じて俺の事を疑ってくれてありがとうな」
「……う、うん?……うん??ど、どういたしまして??」
頭の上に?マークが大量に浮かび上がっているのが見えるようだ。栞はやはりこの手の話題に弱すぎる。普段とのギャップも相まってとても可愛らしく見える。
「それともう1つ。大丈夫か?」
「あ、あぁ!大丈夫だ!」
「……何か警察に根回ししたよな?」
「………………知らないな」
さっきまでのテンパりはどこへやら。急に真面目な顔つきになった。流れで聞けるかと思ったのだが……一筋縄ではいかないな。
「私は知らないが、私の両親は警察官でな。そこそこ立場がある。そして我が家では朝食の際に学校の事を話すのが日課だ。あぁそうだ先日、その場で最近出来た友人ついての話をした気もするな」
「ちゃっかりしてんだな意外と」
「…………知らないな」
ゲーム中では感じられなかった栞の年相応さと、栞らしい確かな強かさを感じられて、今はとても充実した時間を過ごすことが出来ている。それだけでも俺がここまで頑張った甲斐があったというも―――
「センパイ!昼休み!!終わります!!!」
ドンドンドン!!!
良い感じの雰囲気だったところに、完全に存在を忘れていた燈が扉をガンガンと叩いてきた。
「ふふっ…時間をかけすぎたな。早く行ってあげるといい」
「……そうするよ」
律儀に中には入ってこない燈の元へと戻ろうと、扉に手を掛ける。
「あ、そうだ井伏くん。最後に1つだけいいかな?」
「手短にな」
「敬語。私の方が先輩だ」
俺が栞に敬語にならなかったのは井伏零央という不良のロールプレイだったのだが……それに敬語だとついつい素が出てしまいそうで出来ればしたくなかった。
だが……
「…………分かりました」
「うん。よろしい」
こういう時の栞を説得するのは不可能だと一瞬で判断した俺は、大人しく栞の後輩になることを選ぶのだった。
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