第8話 『砕ける信念。堕ちる正義』


【清く正しく美しく】


 それが私の座右の銘だ。

 警察官の父と母を持ち、尊敬するふたりのように立派になろうと、私も将来は警察官になろうと幼い頃から心に決め、努力を重ねた。


 高校生になり、すぐに生徒会に入部。全校生徒の模範となれるように奮闘し、皆の力に少しでもなれるようにと真面目に仕事をこなしていた。


 そのお陰か生徒会選挙では他を寄せ付けない圧倒的票数で生徒会長の座を獲得。まさしく順風満帆な日々を過ごしていた。


 そんなある日。あれは確か2年生の春休み前だ。




 君と出会えた。



「あ、すいません!大丈夫ですか!?」


「いや…私の不注意だ。すまない」


 クラスマッチの準備に奔走していたあの日。少し疲れていたのもあり、プリントを運んでいる最中に後輩の男子とぶつかってしまった。

 尻もちをついてしまった私に手をさしのべ、その後も一緒にプリントを拾ってくれ、しかも職員室まで運んでくれた。

 私は何度も大丈夫だと説得したのに、君という奴は聞く耳を持ってくれなかったな。


 それからというもの、君は度々私の仕事を手伝ってくれた。



 楽しい日々だった。昔から男女問わず怖がられることの多かった私に、君は物怖じせず、真っ直ぐに接してくれた。

 同年代の男子となんて仲良くなった事なんてなかった私にとって、君の存在は心の支えになっていった。



 ……率直に言えば、好きなのだろう。

 いくら私が色恋に疎いといってもそれくらいは分かる。


 だけど君には仲の良い幼なじみがいる。君達がふたりでいる時の様子を見ていれば分かる。君達はそういう関係なのだろう。


 ならば私は身を引くべきだ。


 そして、君達がより良い高校生活を送れるようにこの学校を正していこう。



 それが、私に課せられた生徒会長としての使命なのだと…そう信じているから。





「ねえ会長さん……聞いてほしい話があるんだけど……」


「君は………あぁ、私で良ければ何でも聞くよ」


 6月の中旬。2年生の女子に声をかけられた。この子は以前にも面識があり、校則違反をしていることについて厳しく取り締まった生徒だ。今ではしっかりと制服も着こなし、これといった校則違反も見つからない。


「あの……ワタシさ、前はあんなんだったじゃん?だからそういう奴らともつるんでて…会長さんに怒られて、ワタシ心入れ換えようって思ってさ!ソイツらと縁を切ろうとしてたんだけど………話をしようとしたら脅されて……それで………………」



 その女子生徒は泣きながら自身の身に起こったことを告げた。酷い話だった。元々は仲間だったはずの彼女を襲い、あまつさえ金銭を要求するなど………外道極まりない。



「……私の両親に話を通そう。動いてくれるはずだ」


「それは……ダメ!えっと……うちの家さ、えと……お母さん1人でさ、そうシングルマザーってやつ。少し前まで苦労かけてたのに、今回の事で警察沙汰になんてなったら…」


「でも…………」


「お願い!助けて会長!来週も来いって脅されてるの!ワタシ怖くて……でも逆らえなくて…………!ぅぅ…………」


 よほど怖い経験だったのだろう。少し思い出すだけで涙が溢れそうになっている。


 私が助けて………助けてあげなければ…この子はこれからも…きっと…………!


「ぐっ…………分かった。相手は1人……だよな…………?」


「うん。1人。でもワタシじゃ何も出来なくて………」


「………………ッ……」


 たった男1人。父から教わった護身術や、幼い頃に習っていた柔道の心得がある私なら例え男だろうと遅れをとらないはず。話を聞く限り相手もただの学生。凶器とかも持ってない。


「…………私に、任せてくれ。貴女を……必ず助けてみせる!」


「………ぁ、…ありがとう!本当に頼りになるね我らが会長は!」



 そうだ。私はこの学校の生徒会長だ。


 警察官になろうと志している私がこれくらいの問題を解決出来なくてどうする。それに楓くんの為にもっと頑張ろうと決めたではないか。



 そう大丈夫だ。



 きっと大丈――――





「いやぁチョロすぎるでしょこの女ww」



 あれ……



「マジ泣き落としで一発ww頭弱すぎてこれから心配だわwww」


「こんだけ弱いと1、2回でアッサリぶっ壊れんじゃね?ww」



 私は今…………どうなって……



「……ん?おーい意識戻ったっぽいぞ」


「マジかぁ……どうせ騒がれるから早めにもう1本いっとこうぜ」



 周りには複数の男。それに私は今そのうちの1人に組伏せられている。



 そしてこの下腹部の異物感は…………




「ぁ…………ぇ……なん……で………」


「はいはいなんでだろうねー」



 近づいてきた男の手には注射器があり、それを私の左腕に躊躇いもなく刺してきた。


「いや…………やめ……っ……いたい!!やだ!!!やめて!!!おねがい!!!」


「うるさ……ほんと声だけはデカい女だな」


「胸とケツもデカイだろww」


「確かにww」





 意識が飛ぶ。



もう何も考えられない。




    かんがえたくもない。






       …ぁあ…………


  どうして…………



       わたしは…………

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