第5話 折れたフラグの行く先は

 週が明けた月曜日の朝。燈の件をどうしたものかと考えながら教室に向かうと、教室の前でやけにモジモジしている燈を見かけた。

 恐らくは主人公様に用事でもあるのだろう。そう思ってスルーしようとしたのだが……


「ぁ……あの!」


 何故か俺が声をかけられてしまった。


「……なんだ?」


「ぁの……この前の…事で、話があって…」


 燈は俺に怯えながらも精一杯話しかけてくれた。いくら助けて貰ったとはいえ人相が悪すぎるもんな。怯えるのもよく分かる。


「あ、ありがとうございました!」


 震えながらも勢いのままに頭を下げる燈。廊下のど真ん中でやってるもんだから周りの生徒からも何事かと注目を浴びてしまう。


「チッ………場所変えっぞ」


「……は、はい」


 ここであの日の話をされても困るので、なるべく人目につかない場所に移動することにした。




「…………ここならいいだろ」


 燈を連れてきたのはこの学校の屋上であり、ゲーム中での零央のサボりスポットである。零央の悪名のおかげで誰も近寄ろうともしない。秘密の話をするにはもってこいだ。


「それで……あの後は何もないか?」


「はい……あの先輩は土日は練習に来なくて…他の部員からも特には……」


「……なら良かった」


 心配していた要素の一つではある。何かしらの強制力が働いたりするもんかと思ったが、どうやらそれはないらしい。つまり破滅フラグを折れば折るほどヒロイン達は幸せになっていくということだ。


「………あの、先輩、ひとつ聞いていいですか?」


「どうぞ」


「先輩は…なんであの場所にいたんですか?」



 それを聞かれたら困る。前世の記憶を頼りにーなんて信じて貰えるわけがない。


「……ずっと気になってたんだよな、陸上部。だから見学したくてよ。とりあえず部室にでも行ってみるかって思ったんだよ」


 うん。即興にしてはいい嘘だ。それっぽい。


「そしたら話し声が聞こえてきて…後は起こった通りだ」


「なるほど……」

「……じゃあ、その、先輩は……ボクが…話していた内容も…聞いてたんですよね」


「…………そうだな」


 俺の返答に燈は口をつぐんだ。燈の目的はその事実を確認することだったわけだ。


「……………お願いです。なんでもします。だから楓センパイにだけは……」


 そしてその事実を公にされないために勇気を出して俺に頭を下げにきた。助けたはずなのにここまで怖がられる始末……流石にちょっとは傷つくな。


「…俺がんなことするような男に見えるか?」


「……ぃや…見えません………」


 だったらそんな怯えないでくれよ。言わせてるみたいじゃないか。


「なら信用しろ。難しいかもしれないけどな」


「で、でも……」


 燈目線は確かに怖いだろう。こんな見た目が不良すぎる男から急に助けられ、対価も無しとは……ここは何かしらの提示した方が良さそうだ。


「だったら俺と連絡先でも交換するか」


「え…………」


「折角助けたんだぞ?連絡先くらいいいだろ?」


「えと…………」


「……もしまた男に絡まれたらすぐに連絡しろ。飛んでってやるから」


「…………ッ……は、はい!」


 連絡先くらいで済むなら安いものだと考えたのか、燈はとても嬉しそうに交換に応じてくれた。それに連絡先に俺の名前があることが分かれば立派な脅しの道具にもなるだろう。「ボクはあの井伏零央と知り合いなんだぞ」ってな。




「……ありがとうございます」


 燈は大事そうにスマホを見つめ、そう呟いた。自分自身の事を女の子らしくないなんて言っているが、燈は立派な女の子だ。不安が取り除かれて安心している今の顔なんてかわいすぎて思わず頭を撫でたくなってしまう。



「…もうSNSのアカウントは消したのか?」


「……はい。消しました」


「二度とすんじゃねぇぞ。そんな変なことしなくてもお前は充分女の子っぽいし、ちゃんとかわいいからよ」


「かわっ…………!?」


 俺のかわいいという言葉に燈はとても動揺し始めた。顔も真っ赤でめっちゃかわいい。


「ちなみにお前…うちのクラスの宮野に惚れてんだろ?」


「い、いや!?ボクなんかがそんな……」


「だからその『ボクなんか』ってのやめろ。自信持て。充分かわいい。真っ正面からいけば宮野だってイチコロだ」


「そ、そうですかね………」


「おう。お前みたいな女子にアタックされて気にならない男子なんていねぇよ」


「そ、……そぉ……ですか……?」


 燈に足りないのは女子としての自信。褒めて褒めて褒めまくれば二度とあんなバカな事はしないだろう。


「ぇへへ………ぇと……それって……先輩みたいな人でも……ですか?」


「…………だからそう言ってるだろ??宮野だってただの男なんだし」


「そ、そうじゃなくて!」


 燈は大声をあげ、俺の元へと駆け寄ってきた。俺の顔を必死に見上げるその姿に不覚にもドキッとしてしまう。


「そ、その…………ぇと……ボクが言いたいのは―――」



「燈!!大丈夫か!!!?」



 燈が何かを伝えようとしたその時、屋上の扉が開き、息を切らした主人公様宮野楓が姿を表した。


「え、え??なんで……センパイがここに……」


「さっき教室に行ったら………お前が井伏とどっかに行ったって言われて……それで…」



 ほう。燈が俺に何かされると思って駆け回ったのか。なんとも主人公らしいカッコいいムーヴじゃないか。


「だから……燈…ソイツに……何かされてないか!?」


「ボ、ボクは何も………」


「どうやらお迎えが来たみたいだな。じゃ、俺は先に教室に戻っとくから、遅れんなよふたりともー」


 楓と入れ替わるように屋上からそそくさと退散する。さっきからコイツの視線が痛すぎる。まぁ睨み付けてくるだけで何もしてこねぇけど。

 後は燈が俺のアドバイス通りに主人公にアタックして……これで1人目ってとこか?幸せもんだねぇ羨ましいよ。


 アイツの持っていた写真も消せたし、自身のアカウントも消去。燈は井伏零央の連絡先という最高の脅し道具を手に入れた。

 ここまでくれば燈はもう大丈夫だろう。次のヒロインのイベントまでは少しある。今度こそ事件が起こる前になんとか防げるように努力するとしよう。

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