(7)

「その、『きよすみりょうた』の怪談と、長瀬くんのお兄さんは、たまたま名前が同じだっただけかもしれないし、いや、だからって関係……ないか」


 僕はどうしたらいいかわからず、慰めにもなっていないようなことを言おうとして、尻切れトンボに口ごもります。そんな僕を見据えながら、長瀬くんは、とても、とても静かな表情で言いました。


「ううん、ぜったい、『きよすみりょうた』は兄貴だよ」


「絶対って、なんで……」


「兄貴の葬式の後、四十九日前後だったと思うんだけど、ちょうど両親が喧嘩ばっかりして、飯も一緒に食べなくなったころ。郵便受けにさ、分厚い封筒が投かんされてたんだ。差出人不明で、それで」


 封筒の中には、電化製品店に売っているような無地のDVDと、写真、それから手紙が入っていました。


 写真は、長瀬くんのお兄さん、つまり涼太さんの学生証に使われていた証明写真を引き伸ばしたもので、生前の、柔らかい笑顔のお兄さんの姿が写っていたそうです。


 手紙には、丸い簡素な文字で


『きよすみりょうた』くんについて。この映像を見て、皆さんにもお話してください。『きよすみりょうた』くんのことが、わかってもらえると思います。


 そう、書かれていたそうです。

 長瀬くんはいぶかしみながらも、そのDVDをパソコンに入れて、見てみることにしました。


 涼太さんが亡くなったことに納得できていなかった長瀬くんにとっては、藁にもすがる思いだったのでしょう。


 結論から言うと、そのDVDは長瀬くんの気持ちを納得させるようなものではありませんでした。


 以下に、実際に長瀬君の家に行って見せてもらった内容を書きおこします。


________________________________________


 最初の10秒ほど、鳥の鳴くような声と真っ黒い画面が続く。


 画面が動き、そこが室内だと分かる。古い日本家屋のよう。


「すみません、撮影まで」若い男性の声

「ええよええよ。別にこの年で撮られて恥ずかしいとも思わんから」恐らく高齢の女性の声。


 カメラが動き、女性に視点が向く。声から想像したよりも若い。片手に古いノートのようなものを持っていて、緑色のセーターの上にオレンジのジャケットを着ている。


 男性が「じゃぁ、お願いします」という。

女性はノートを見ながら、「うん、ずいぶん昔だけど」


 ここまでで、恐らく何らかのインタビュー映像だとわかる。


 話の内容は、女性の幼少期の不思議な体験である。


「私が小学生くらいのはね、遊びに行く場所ってあんまりなくて、そりゃぁ近所の公園とか、あるにはあったけど、山っていうか雑木林みたいなところで集まって遊んでたんだよ。どんぐり集めたり、弟がカマキリの卵持って帰ってきちゃったりね」


 懐かしそうに話した後、女性は数秒逡巡するようにうつむく。


「それで、そのよく遊んでいた雑木林で、『きよすみりょうた』っていうのが出るって」


 『きよすみりょうた』という音の部分には、いちどノイズ加工をしてもともとの音を消した上から新しい音を被せたような明らかな違和感がある。


 その部分の声は若いというか幼い男性のもので、秒数を合わせるためか、やや早送りである。


「その、なんなんですかそれは」


「わかんない。幽霊とも違うしねぇ。妖怪、っていうのも……でも、妖怪なのかな。ただまぁ、『きよすみりょうた』は『きよすみりょうた』だよ」


その後も、同じように言葉の一部に『きよすみりょうた』という音が重なっている。


女性は少し落ち着きなく周りを見回した後、カメラの方を向いて


「大学の人にしか見せないんだよね」


と念を押すように尋ねる。男性が「はい」と答えると、安心したように話に戻る。


「『きよすみりょうた』はね、夏場になると出てくるんだよ。なんか悪いことをするわけではなくて、ただぼーっと歩いてる。でも、声をかけちゃいけない。見たら無視しなきゃいけない。そういう風に言われてたんだけど、三つ下のチーちゃんがね」


 画面が少し揺れて、雑音が入る。


「チーちゃん?」

「って子がいたの。かわいい子だったけど、ちょっと頭が足りなくて。今だとほら、発達なんとかってやつなんじゃないかな。うちの職場にも若い男の子で一人いるけど、まぁ、そういう感じ」


 女性が数秒息を吐く。


「まるっきり話が通じないわけじゃないんだけど、素っ頓狂なことばっかりするっていうか、ずれてるっていうか。でも、あの頃はそういう病気の名前もついてなかったから、まぁバカにされてたけど、女の子だったしね、かわいがられてたよ。差別は差別だけど、男が同じような頭の出来だったら殴られてたかなぁ」


 すこし、声が上ずっている。


 再び雑音。


「そのチーちゃんが…【雑音】(たぶん蛍?)を見たがってさ、いやあの頃はもう昭和も終わりっていうか、覚えてないけど平成なってたのかな?どっちだっけ、そんなの見れるか見れないかって感じだったんだけど、その雑木林なら見れるんじゃないのってなって」


 雑音。


「だから学校のみんなで蛍を見に行こうってことになって、でも、夏だから、「『きよすみりょうた』に会うかもしれない。そしたら絶対無視するんだよ、って。でも、チーちゃん頭が弱かったから、分かってたのかわかってなかったのか」


 女性は、窓の外を気にしている。


「あたしがね、チーちゃんの手をつないで、いくつかの班に分かれて雑木林の中に入ったんだ。時間は6時過ぎくらいだったけど、まだ明るかった、外は。雑木林に入ると一気に暗くなるんだけど、隙間からまだ青い空が見えてね。でも、なんかやっぱり寂しい色だったな」


「よく覚えてらっしゃるんですね」男性の声。


 女性は少し笑う。


「空の色とか、土の匂いとか、どうでもいい事ばっか。意外とそういう一瞬の事の方が覚えてるんだよ。実際、その後のことは結構おぼろげだな」


「そのあと、出たんですか?」


「うん。チーちゃんね、なんか妙に興奮しちゃってて。四人組のグループで行動してたんだけど、はしゃぎすぎて年下の子にたしなめられたり。それでぐんぐん行っちゃうんだもん。追いかけてたら、結構深くてさ」


 映像が大きく乱れる。ただ、機材の乱れというよりは編集のように見える。


「その、しばらく歩いて、雑木林とか、森とかって、何かしら音がするでしょ?葉っぱが揺れる音とか、虫の鳴き声とか、水の音とか、あとなんなんだかわからないジージー音とか。それが、急にハッとやんだの。まるで、耳をふさがれたみたいだった。私は何だか怖くなって、少し強い口調でチーちゃんを怒ったんだけどね、でも、チーちゃんすごくへらへらしてて、急に大声で蛍やーい、とか言い出すし。ずれた子だったけど、その日はひときわいようだった気がする。それで、止めて求めても、何の音もしない雑木林をグングン進んでね」


 女性が唾をのみ、目線を左右させる。息が荒い。


「唐突に、止まったの。私はようやく落ち着いてくれたのか、奥まで着て怖くなったのか、とにかくこのまま連れ戻そう、って思ったんだけど──チーちゃん、指をさしてたの」


 女性は、はぁはぁと、短く息をするのを繰り返す。


「どこをですか?」と男性。


「どこをっていうか、じぶんの前に向けて人差し指を真っ直ぐに。それで背筋がピン、って伸びたかと思ったら、前後に短く痙攣して」


 女性が前を指さす仕草をする。女性の表情が硬直する。


「その先に、『きよすみりょうた』がいて」


「いて?」と男性。


 女性は、少し深呼吸して


「私は、ちゃんと黙ってるつもりだったんだよ?なのに、なのにチーちゃんたら、指を差したままいるーーー!って叫んだ」


 女性は、少し引き攣ったように首を動かす。


「頭をガクガクさせながらさ、いるーーー!いるいる!『きよすみりょうた』いる!『きよすみりょうた』いる!って、あの子のせい。馬鹿。馬鹿がさぁ」


 再び女性の息が荒くなる。


「『きよすみりょうた』は、裸足で、ぬるぬるした頭をこっちにゆっくり向けたんだよ。うふ。それで、開いてるのか閉じてるかわからない目をうねうねさせて、唇のない口をくぱくぱ開いて、なんか、魚みたいだよなほんと」


 ほとんどドッグブレスになりながら女性が続ける。


「魚みたいな顔でこっち見てさ、喋りやがった。もわっとした、気持ちの悪い声。声、聞いちゃって、あの子が騒いだからだよ。だから、聞いちゃったら答えても答えなくても一緒なんだから、だから、私のせいじゃないのに、私が悪いわけじゃないし私は頑張ったのにさ、うふふ、私も、私も喉潰れちゃったし、こんな声だよ、こんな」


「チーちゃんはどうなったんですか?」と男性。


「わかんないかな?」


 女性は荒い息のまま、少し笑っているような声をする。


「『きよすみりょうた』になったんだよ」


「ありがとうございました」と男性。


 ◆◆◆


 画面が暗転する。


 数秒ほどノイズが続く。


 ◆◆◆


 先ほどとは異なり、恐らく雑木林?の映像が映る。何人かの女性の声がする。


 カメラが大きく揺れ、空や地面が写る。女性の笑い声や、悲鳴が聞こえる。


 雑談?家族や学校の愚痴だと思われる。


 一部、意味ありげな部分を抜粋すると、


「てかさ(聞き取れない)とかちょうさぁ」

「いやでも、親がマジでない」

「まずちえ(人名?)のことあいつが落としたんじゃね?」

「いやそれはある」


 等。


 撮影者の歩く速度が速くなる。カメラの揺れが増えるが、時折落ちている靴や、声の主だと思われる女性の顔が写る。


 女性は全員制服を着ていて、中学生か高校生だと思われる。


「それではスタジオの岡村さーん」

「はーい、こちらスタジオでーす」


 カメラが動く。一瞬、画面が切り替わり封筒に同封されていたものと同じ、涼太さんの写真が写る。


「ね、あれじゃないあれ、え?あれ」

「やばいやばいやばいやばい」

「あれやっぱいるよね、あれ、『きよすみりょうた』いるよね?」

「え、マジで撮る」

「一応撮るのは撮るじゃん」

「えちょっとこっち来てない?」

「やばやばっ」


 画面が大きく動く。

 なにか発光体のようなものが、ひどくブレながら画面に映る。


 再び画面が切り替わり、涼太さんの写真が突然写りこむ。


 屋外の映像に戻り、カメラが揺れる。


 カメラが揺れるのに合わせ、雑な編集でサブリミナルのように涼太さんの写真が写るのを繰り返す。


 一瞬子どもの声のようなものが聞こえるが、それに重なってノイズが入る。


 撮影者が方向を転換し、走り出す。


「おい勝手にいくなって(聞き取れない)待てって」


 女性の悲鳴が聞こえる。


 撮影者がカメラを落とす。


 涼太さんの写真が10数秒写る。


 画面が暗転する。


「ちゃんと、いろんな人に話してくださいねぇ」と、インタビューを受けていたのとは別の若い女性の声。


________________________________________


 以上が映像の内容になります。


 インタビューをしていた男性の声は、間違いなくヨウジさんでした。

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