(8)

 僕は長瀬くんの家で映像を見せてもらった後、しばらく何も言えず、こぶしを握り締めていました。


 亡くなった人のご遺族に、死者の写真や名前を継ぎ接ぎした、こんな映像を送りつける人間の気持ちが、まったくわからなかったからです。


 そして、僕が明確に高校生時代のことを思い出したのは、この時でした。


 あの、愉快犯的な、雑な、けれど異様な執着を思わせるやり方。


 間違いなくそれは、僕に『きよすみりょうた』の怪談を拡散させようとした、ヨウジさんのものだと感じたのです。


 恐らく、一連の事件の犯人はヨウジさんなのでしょう。


 そして目的はわかりませんが、行動の原理は


「既存の怪談や怪文書の一部を『きよすみりょうた』に書き換えて他人に見せること」


 ただ同時に、映像の最後に聞こえた女性の声が気になりました。つまり、かかわっている人間は一人だけではないのだということです。


 ただ、そう考えて納得できる部分はあります。僕と会った時のヨウジさんのやり方は、フォロワーがそこそこいる怪談好きの子どもに頼んで拡散してもらう、という、かなり他人任せで結果が不安定なものだったからです。


 もちろん、成功すれば無自覚の協力者を作れるという点で、何かしらのメリットはあるのでしょう。ただ、それにしてもほかの手段と比べて、言い方はおかしいですが、悪意の気合の入り方が一段落ちるように思えます。

 だから、協力者として別の人間がいるのであれば、その点に納得ができる気がするのです。


「これさ、差し替えられてる『きよすみりょうた』の部分、たぶん兄貴の声なんだよね」


 考え込んでいると、長瀬くんは、スマホを取り出して、一つの映像を僕に見せました。


 それは、さっきの映像に映っていた写真の男性、つまり涼太さんが映った10分ほどの映像でした。


 黒いTシャツを着て、ギターを抱えた涼太さんが体育館のステージのようなところに立っています。周りには、ドラムやキーボードの男女。要するに、学生バンドでしょう。


 長瀬くんは、シークエンスバーを動かして、ちょうど1分26秒を差しました。


「ギターボーカルの清澄涼太です!」


 張りのある声で名乗ると、隣の女性にマイクを渡します。


 そしてその声は、すこし話し方の早さが違うものの、確かに間違いなく、インタビューを受ける女性の言葉や、後半の雑木林の映像での女性たちの言葉にかぶさっていた、『きよすみりょうた』と同じ声でした。やはり早送りだったのでしょう。


 つまり、あの編集を行ったのは、涼太さんと近しい人物ということになります。


 クラスメイトだったり、大学時代やバイト先で出会った友人、あるいは恋人。


 どのような関係性であっても、ある程度親しかった人間の死に際してあんなことができる人がいるということに、僕は身震いしました。


「何回も聞いたから、もうどのへんか覚えちゃった」


 そういって、おどけたように笑いながら、長瀬くんは部屋の片隅の、ギターに目を移します。


「俺にも教えてくれるって言ってたんだけどね」


「仲、よかったんだ」


「ううん、実は結構苦手だったよ」


「え?」


 それは、両親の離婚やお兄さんの死を告げられた時とは別の意味で、思わぬ告白でした。


 てっきり長瀬くんは涼太さんのことが大好きだったのだとばかり思っていたからです。


「さっき言ったじゃん?オヤジ、俺より兄貴に期待してたんだろうなって。なんていうか、それって少し正確じゃなくて、たぶんオヤジは兄貴しか眼中になかったんだと思う。兄貴が死んで、お袋が離婚を突き付けた時も、親権とかで、もめたりとかなかったみたいだし。俺とお袋が家を出てく日なんか、すっげーつまんなそうな顔で元気でなって社交辞令みたいに言って、そのあと外から部屋ん中見えたんだけど、なにしてたと思う?仏壇でさ、じーっと兄貴の遺影の方を見てんだよ。なんていうか誇りだったんだろうなぁってのはわかるんだよ。でもさ」


 寂しそうな声でした。


「でも、じゃない方みたいにされる子は悲しいじゃん。生きてるときから、そうだったんだもん。だから逆恨みなんだけど、正直兄貴の事、好きじゃなかった。全然、好きじゃなかった。ていうか、兄貴さ、俺相手だと結構無愛想なんだよ。男兄弟なんてそんなもんだろうけど、夜中に便所言ったら、無表情でまだ起きてたのかよなんて言われると、正直怖いし──じゃぁなんで、俺こんな傷ついてるんだろうなって思うんだけど」


 なんで、なんだろう。

 でも、それは少しもおかしいことではないと思うのです。ただ、それをうまく説明するような言葉が思いつきませんでした。


「嫌いでもさ、大切に思っていいと思うよ」


 僕は、とっさにそんなことを言いました。


「嫌いでも、好きじゃなくても、大切だって思っていいじゃん。どんなに家族の悪口ばっか言ってる人でも、他人に同じこと言われたら怒ったりするよ。血がつながってるとか、ずっと一緒に住んでるとかって、そういうものなんじゃないの?」


 説教みたいで、正直、言ってて、恥ずかしかったです。でも、伝えなきゃって思って、僕は一生懸命言い切りました。


 長瀬くんは、すこし俯いた後、顔を激しくこすり始めました。


「え、なに」

「いや、ごめん。なんか、泣くのやで」


 長瀬くんは、より赤くなった目をしぱしぱさせて、上ずった声で言いました。


「俺、兄貴の事、大事だったのかなって思ったら、なんか、ほんと」


 その後に続く言葉はありませんでした。でも、わかるような気がします。


 しばらく沈黙が続きました。


 長瀬くんがベッドに寝転んだので、僕は少し迷いましたが、ベッドのふちに座りました。髪を触ったら、嫌がられるかと思ったのに特に抵抗もなくて、僕は自分が昔母親にしてもらったのを思い出しながら、彼の頭をそっと撫でました。さらさらと、髪の柔らかい感触がしました。


「あのさ、長瀬くん」

「なぁに?」


 子どもみたいな声でした。さっきとは逆だね、なんて心の中で思って。


「このこと、僕のブログに書いていいかな」

「えと、なんで」


 長瀬くんの目に警戒と怒りが宿ったのを見て、慌てて弁明します。


「いや、なんていうか犯人って、長瀬くんを狙い撃ちしてるわけじゃないと思うんだよ。その、遺族だったからちょうどよくて最初に映像を送りつけてきただけで、無作為にやってるっていうか、僕も高校生の頃さ──」


 僕は、高校時代の一連のことを語りました。それから、ヨウジさんの声があの映像のインタビュアーの男と同じだったことも。


「たぶん大学のコピー用紙だって、長瀬くんにアタリはつけてたんだろうけどそれだけじゃなくて他の学生にも読ませようとしてたんだろうし」


「なるほど……要するに、そういう『きよすみりょうた』に書き換えられた怪談を見聞きした人がほかにもいないか、ネット上で募ってみるってこと?」


「そう!もしかしたら糸口が見つかるかもしれないし」


 しばらく考えた後、長瀬くんは僕の手をつかんで、「やってみよう!」といいました。


「このままその、ヨウジってやつと、もうひとりの女に兄貴の事面白おかしく使われんの、やっぱ俺もいやだ。だったらいっそ、こっちから仕掛けてみる価値はあると思う!」


 こういった経緯で、僕たちはネット上で『きよすみりょうた』について、情報を募ることを決めました。


 長い語りになってしまいましたが、皆さんにお願いするうえで、長瀬くんの気持ちや、事の経緯を共有しておきたかったのです。


 皆さん、改めてお願いします。


 『きよすみりょうた』という名前について、ご存じの方がいたらどのような情報でも結構ですので、こちらの記事のコメント欄か、下記アドレスにご連絡ください。




Mail:HAJIME_AUTUMN@■■■■■■.■■■

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