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 昨日、つまり一週間前のコピー用紙差し込み事件から6日後になりますが、本学の構内に、ひとりの女性が侵入しました。


「ここの学校の人でしょ!あんなことして楽しいんですか!?話題になるみたいなこと思って勝手に変えて、おかしいでしょ!」


 僕が最初に聞いたのは、そんな内容の、金切り声でした。


 ちょうど大学入り口からすぐの、■号館前の広場で、サンダルを履き、紙袋を持った中年女性が叫び声をあげていたのです。その周りに十数人ほどの学生が集まり、動画を撮ったり、困惑気味にほかの学生に話しかけたり、といった様子でした。


「怪談話みたいにして、勝手にネットにまで上げて、失礼だと思いませんでしたか!?勝手に、わたしの(不明瞭な言葉)変えないでよ!誰なんですかこんなことをする卑劣な人は、恥ずかしいことですよ!」


 要領を得ない話ではあったものの、女性は、あのコピー用紙に印刷されていた内容について抗議をしていたのだと思われます。


「誰ですか!名乗り出てください!ちゃんと訂正してください!」


 女性は、何度もそう繰り返しました。サンダルを踏み鳴らしながら、どこか涙声で。


「あの、その怪談話っていうのは、『きよすみりょうた』の?」


 見かねたのか、傍観していた学生の一人が、女性にそう聞きました。


「ちっがう!」


 彼女は喉の奥をすりつぶすような喚き声を上げた後、サンダルがタイルの溝に引っかかったのか、大きく体制を崩しました。そして、鼻水をたらしながら、しゃくりあげるように続けます。


「『きよすみりょうた』じゃないもん!モカちゃん、モカちゃんなのっ、そんな男の子みたいな名前じゃないぃっ!素敵な子になってねって、かわいくなってねってお名前つけたのよ?あのこはっ、あのこは高松モカだもん!私のっ、私の大事な娘だもんっ、ちがうっ、ちがううっ、『きよすみりょうた』って誰なんですかっ、私の、私の違うのに、変えないでよ、とらないでっ、私の娘とらないでよぉ!」


 それからしばらく、過呼吸気味にぜひゅ、ぜひゅ、と息をした後、彼女は紙袋の中に手を突っ込んで、くしゃくしゃのA3用紙を取り出しました。


「これっ、ちゃんと、高松モカですっ、高松モカの事、探し続けてくださいねぇ、お願いします、お願いしますねぇ」


 結局、みんな気味悪がってその紙を受け取ることはなく、彼女は警備員に説得されてめそめそと泣きながら校舎を出ていきました。


 その日のうちに、彼女は高松さんという女性で、大学から3駅ほど離れたところに住んでいる女性であるということ、詳細はわからないがどうやら娘さんをなくしているらしい、ということが、近隣に住んでいるという学生経由で分かりました。


 そして彼女が、奇妙な張り紙をしている、ということも事実であるようです。ただ、その名前はやはり『きよすみりょうた』ではなく、「高松モカ」であった、と。


 つまりあのコピー用紙を差し込んだ人間は、僕がヨウジさんに話を聞いた時のように、既存の話の怪異の部分だけを『きよすみりょうた』に書き換えて、拡散を図ったのだと思われます。その行為がどんな意図をもって、どんな目的で行われているのかはわかりませんが、

 でもただ一つ言えることがあります。


 それをやった人間は、恐らく非常に根深い悪意をもって行動しているのでしょう。

 高松さんの行動は確かに異常でしたが、でもそれは他人を害するためというよりは、何か一生懸命で、悲しくて苦しくてどうしようもなくて、おかしいことをするしかなかったように僕には見えます。


 それを勝手に書き換えるというのは、確かに彼女の言う通り「卑劣」なのでしょう。


 僕はなんとなく、長瀬君の「こういうことって、なにが楽しくてすんだろうな」という言葉を思い出していました。


 そして今朝、YouTubeとTwitterに不明のアカウントからとある動画が投稿されました。


 大学に乗り込み叫んでいる女性、つまり高松さんを撮影した動画です。そのアカウントには過去の経歴はなく、どうやら昨日の夜に作られたもののようでした。


 動画は音声に一部加工が施され、高松さんの叫んでいた内容は以下のように変わっていました。


「『きよすみりょうた』じゃないもん!『きよすみりょうた』、『きよすみりょうた』なのっ、そんな男の子みたいな名前じゃないぃっ!素敵な子になってねって、かわいくなってねってお名前つけたのよ?あのこはっ、あのこは『きよすみりょうた』だもん!私のっ、私の大事な娘だもんっ、ちがうっ、ちがううっ、『きよすみりょうた』って誰なんですかっ、私の、私の違うのに、変えないでよ、とらないでっ、私の娘とらないでよぉ!」

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