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『きよすみりょうた』という名前に二度目に触れることになったのは、先日の大学での事件の時です。皆さんもご存じだと思います。
一週間前、■■■■学科の学生用ロッカーに、ひとりにつき一部ずつ、ホチキス止めされたA4サイズのコピー用紙3枚が差し込まれていた、という事件です。
その日は1、2限りに学科の全員が参加する必修講義があり、昼休みになってロッカーに教科書などの荷物をしまおうとした、僕を含む学生10数名がそれを発見しました。
15分ほど騒ぎになったのですが、その後だれかが助手室に連絡し、回収されました。
コピー用紙にはすべてに同様の文章が印刷されており、その内容は『きよすみりょうた』という名前の登場する、体験談の体裁で記された怪談話です。
実際に文章を読んでいる方、SNSなどを通して内容を知っている方に対しては、蛇足になるかもしれませんが、前文をここに掲載させていただきます。
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【書きおこし文】
張り紙、ってあるじゃないですか。
いわゆるその、学校や公民館の掲示板とかに張ってあるようなちゃんとしたやつじゃなくて、いかにもお手製ですって感じの素朴なデザインで、勝手に電信柱とかに張られているようなやつ。
別にそんなに知っているわけではないんですが、いわゆる宗教に関するもの、人やペット探しに関するもの、いわゆるヤバい怪文書、後はこれも怪文書系列でしょうけど告発文とか檄文?みたいに分類していくことができますよね。
私が見たのはその中だと、たぶん人探しに分類されるモノだったと思うんです。
それを最初に見たのは、去年の秋口だったかと思います。夜勤明けの午前10時ごろだったんですが、道路工事があって、ちょっといつもと違う道を通って帰ったんですよ。チャリ通だったので。
で、その道はほんとにたまーに通るくらいのとこなんですけど、ちょっと印象に残る家があるんですよ。周りの家に対してやたら古くて、そもそも人が住んでんのかってかんじに草とかも伸び放題なんですけど、
その家の塀にね、見慣れない張り紙があったんですよ。
コピー用紙をそのままセロハンテープで止めたんだなって感じの、折り目のついたA3サイズのやつ。
大きな「探しています」の見出しに、真ん中に顔写真、下段には特徴や電話番号、みたいなよくある構成で、ぱっと見もの珍しさみたいなのはなかったんですけどね。
同じものが、10枚くらいバラバラの感覚で張られてるんですよ。なんというか、それがすごく異様に見えてしまって
それでね、近くまで行ってみたんですよ。
まず最初に、見出しが変なんだってわかりました。かってに「探しています」みたいな文章だと思ってたんだけど、ちょっと違うんですよ。
手書きっぽい文字で「探し続けていてください」って書いてあったんですね。
探してください、ならともかく、探し続けていてくださいって変な表現だと思いませんか
それで、その下にある写真なんですけど
なんかすごいぼやけてるんです。
というより、なんだろう、たぶんWordとかイラレを使って写真のデータが配置されてる感じじゃないんですよ。
へんな映り込みや光沢が、光の加減とかじゃなくて紙の上にしっかり印刷されてるし、端っこにセロテープみたいな模様があるんです。
おそらくなんですけど、最初に写真の部分を空白にしたチラシを作ってから、その上に写真を置いてコピー機にかけてるんでしょうね。だからなんですかね、何となく全体の色調と配置がわかるかなってくらいで、顔写真なのかも正直怪しい感じだったんです。
それで、極めつけは文章。
こっちも見出しと同じで手書きっぽい文字で、だから写真のことも考えると小学生の壁新聞みたいな感じで作られた原本があるのかな?模造紙にペンで文章書いて写真貼ってコピーしてって、どんだけアナログだよって感じですけど
まぁそれはいいんですけど、字もね、きったないんですよ。それに文章も変で。
年齢とかの大事なところがあいまいだし、誤字とか、普通漢字にしないところが感じになってたりとか酷くて
そのまんま書いちゃうんですけど、
名前:『きよすみりょうた』
年令:ハタチになる筈です
耐重:わたしがだっこしたときは軽かったです
身長:ちいちゃい
特徴など……寂しがり屋なので探し続けて居て挙げて下さい。世界一可愛い。若しかしたら子供が居る頃かもしれません。王子様に会えると善いね♡指がパンみたいでふわふわで、水の有る所には近寄って居たら辞めさせて下さい。だいじなむすめです。。
電話番号:■■■-■■■■-■■■■
って。
あー、これ作ったのヤバい奴だって確信しました。それで、ネタにはなるかなと思って写真だけ撮って、さっさと離れようとしたんですけど、
その、チラシが張ってある家の、ベランダがすすーっと開いて
50代くらいかな。緑のセーターを着たおばちゃんが恐る恐るって感じでこっちを見てるんです。いや怖いのはこっちなんですけどね、なぜか。
「あの、張り紙見てただけです」
とりあえず、家を覗いていたとか思われても嫌だったのでそう言ったんです。
そしたらそのおばちゃん、急にすごい笑顔になって
「まぁまぁまぁ、そうなの!『きよすみりょうた』を探してくれてたの!」
って。いや別に、探してはいないんですけど。
でもなんか、そのおばちゃんの中ではもうそういうことになってるみたいで、
「『きよすみりょうた』のお顔、これいっぱいコピーしてあるからあげるわね。この写真、かわいいでしょ?」
って、写真を押し付けて来たんですよ。
で、その写真、たぶん張り紙に印刷されてたのと同じもなんでしょうね。
張り紙の方よりもかなり解像度が良くて、ぼやぼやして色合いくらいしかわからなかったのが、はっきり何の写真だかわかるようになっていました。それで、
私は気まぐれにでも張り紙に興味を持ったことを、本気で後悔しました。
その写真にはね、人間の顔なんて映ってやしなかったんですよ。
写ってたのは、濡れたボロボロの布の塊と、赤っぽく変色した畳でした。かなりギリギリまで近づいて撮影しているらしく、全体像が把握しづらいのですが、恐らく「布の塊」は女児用の服を丸めたものなのではないかと推測出来ました。
もう、それだけで十分気持ち悪くて不気味だったんですけど
その写真、右端になんか変なものが写ってて
よく見るとそれ、爪のない親指なんですよ。
ふと、おばちゃんがサンダルを履いていることに気が付きました。
それから、その足の爪が、全部はがれていることにも。
私は早くその場を離れたくて、
「それじゃぁ見つけたら連絡しますね」
と愛想笑いして、チャリの方に向かいました。
そしたら、ぐっと引っ張られて。おばちゃんに腕をつかまれたんですよ。
「お願いしますね。お願いします。私の、うふ、大切な子なんです。かわいい子でね、本当にかわいくて素敵な子でね、名前通り、うふふ。だから、だから引っ越したのにね、やっぱり、うふふ、だから、探し続けてあげて下さいね。探し続けている間は、きっと、大丈夫なんです。本当にかわいい子なんです。お願いします。どうか、どうか、『きよすみりょうた』を、あの子をお願いしますね」
涙を流して、へたくそ笑顔を作る彼女の口からは、水の腐ったようなにおいがしました。気持ち悪くて、そのおばちゃんの、顔のしわまで気持ち悪くて。
「あの子はいい子だったから、いい子だったから、『きよすみりょうた』はね、かわいくて、やわらかいんですよぉ?うふふ、今頃ね、20歳になってるはずなんです。だから探し続け続けて、お願いします。あの子をどうか、どうか」
うふ、うふふふふ。
カサカサの唇に、唾が垂れて、アスファルトの上で爪のない指がじゅくじゅく日の光を反射しています。
うるさい。
どうかどうか、じゃないんだよ気持ち悪いババアがよ。
私は黄色い声をあげて、おばちゃんを突き飛ばして逃げました。チャリも捨てて、走って。
それで一瞬だけ後ろを振り向くと、転んだままの姿勢で、おばちゃんは写真を突き出して笑っていて、
離れたはずなのに、また、水の腐ったにおいがしました。
その後のことはよく覚えていません。
家に帰って、割と眠かったのと、もういろいろ忘れたかったのもあって、すぐに布団にもぐって、いつの間にかすっかり眠っていました。
その時、夢を見たんですよね。
夢の中で私は、ついさっきとまったく同じようにチャリでいつもと違う道を走っていて、ふとあの家のある場所に目を向けているんです。
ただ違うのは、その場所にはクリーム色の真新しい家が建っていて、張り紙とかもどこにもないんです。夢の中の私は、すこしほっとして、でも、
あの家があったはずの場所を、あの家が建っていたはずなのにまるで違う家が建っている場所を、遠くからジーっと見ている人がいるのに気が付きました。
それは、ボロボロの布を着た、裸足の背の低い女の人だったんですが、なんというか、ちぐはぐで、
全体のシルエットとしては成人女性にしか見えないのに、手や足は、幼児のそれなんですよ。
顔はというと、髪の毛にほとんど隠れていて、その髪の毛もぐっしょり濡れていて、
女の人はこっちを見て、髪の隙間からちらちら見える、妙に歯並びのいい口をゆがめました。
「うわっ」
不意に顔に冷たい感触がして、私は目を覚ましました。しっかり8時間寝ていたのでしょう。外はもう真っ暗です。
「え、なにこれ」
まだ寝起きで重い腕を持ち上げて自分の顔を撫でると、すこしぬめりのある液体でぬれています。また、腐った水の匂いがして、それはつまりこの液体がそうなのだと思いました。
慌てて起き上がり、洗面台に向かったのですが、
おかしいんです。
ドアがね、つまり私の住んでいる号室のドアが少し開いてるんですよ。
帰ってきた時は、絶対閉めたはずなのに。
泥棒でも入ったのか、と思いましたが部屋の中のモノが動いている様子はありません。代わりに、廊下の床板が、ジュクジュクと濡れていました。私の顔についているの同じ、腐った水。
それが靴下越しに足に伝わって、指の隙間がかゆくて、片方の足の爪でもう片方をかきむしると、もう止まらなくてヒリヒリして、
それになんか、くさい。
パニック状態の頭を何とか落ち着かせながら、ドアを閉め直そうとしたその時、
隙間から、少し離れたところに、さっきの夢の中の女が立っているのが見えました。
何、だれ、あれ。
女はこっちに気付いたのか、少し頭を揺らします。一緒に揺れた髪の毛の隙間からは、夢と同じやたらに歯並びのいい口と、妙に丸くて大きい、赤ん坊みたいな目が見えました。
「あのーう」
「はい」
女が発した声に、私は思わず応じます。小さな子どものような声でした。
「あの、さがしつづけて、いなくていいから、て、いってあげてください。わるいことしてると、おもってしまったら、そしたらわるいことになっちゃうから、もう、どうしたってしょうがないって、おねがいします」
その言葉の意味は分からなかったけれど、私はただ何となく、
ああ、あのおばちゃんは良くないことをしているのだな、と思いました。
そういうの、だめですよね。
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以上が、コピー用紙に印刷されていた内容の全文となります。原文は漢字とかなのバランスが悪い文章だったため、一部訂正を加えました。
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