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まず、『きよすみりょうた』という名前はどのような漢字を書くにせよ、男の子の名前のように聞こえます。(「良太」「亮太」「涼太」など)
にもかかわらず、『きよすみりょうた』の正体に関して「いじめで死んだ女子生徒」という説があるのは少しおかしいのではないでしょうか?流産した胎児説に比べて極端に説得力が低いような気がします。
次に、名前の由来です。『きよすみりょうた』という名前の由来は「みはのめおとなってくろや」という言葉である、という部分です。これは前者の疑問以上に明確な疑問点で、「みはのめおとなってくろや」という言葉がどのようになまったとしても、『きよすみりょうた』になることはまずないでしょう。
「おとなってくろや」は訪れるの古語がおとなう、であるということから「訪れに行くんだよ」と理解することができると思うのですが、であれば「みはのめ」のあたりが名前の由来となり、「みはのめさん」とか「みはのめ様」とか、単に「みはのめ」と呼ばれるのが筋でしょう。
まるで元々あった「みはのめ」という怪談を、肝心の怪異の名前だけ『きよすみりょうた』に置き換えているような、奇妙なちぐはぐさがありました。
しかし、それらの疑問に対してヨウジさんが明確な回答を示してくれることはありませんでした。
「うん、でもそうなってるから」
人のよさそうな笑顔のまま、ヨウジさんは答えました。表情とは裏腹にその声音は有無を言わせないものでした。
何度その件について問い質しても、答えは判で押したように「うん、でもそうなってるから」
ここで、ヨウジさんが同じ言葉しか言わなくなった、とかであれば恐らくその場で僕は彼との関係を断つことができていたと思います。ただ『きよすみりょうた』という怪異の矛盾点に関する質問を除けば彼は全く普通で、会話も全然成立しました。
結局僕は疑問を抱きながらも、ヨウジさんにお礼を言い、注文したアイスを食べ終えると店を出ました。
問題は、その後です。
Twitterに投降するにしても、上記の矛盾点を説明しないままでは読んだ人にケチをつけられる。僕はそう考えて、『きよすみりょうた』を「K」として正式名称を伏せる形にし、「みはのめおとないいくべ」の部分は「奇妙な言葉」と説明しました。
結果的にそれは「名前を言ったらヤバイ、ガチの怪談」としてフォロワーに受け止められ、600くらいのいいねをもらう結果になりました。フォロワー数も15人ほど増え、内心有頂天でした。それはよかったのですが──
それから少しして、ヨウジさんから連絡がありました。
「あ、もしもし?見たよツイート!プチバズってるじゃん」
その声は、相変わらず快活さを感じさせる明るいものでした。僕もいい気になって、
「ありがとうございます。ヨウジさんのくれたネタがよかったんですよ」
なんて調子のいい返事をした気がします。
「いやいや、君の文章がいいんだって。でさ、伸びてるとこ水を差すみたいで悪いんだけど、ちょっと直してほしいトコがあんのよ。ツリーに訂正ぶら下げるんでいいからさ」
何だか嫌な予感がしました。次の言葉で、予感は的中する。
「名前、伏せないでほしいんだよね。ちゃんと『きよすみりょうた』の名前は出してほしかったな。そこだけね、おねがい」
「あ、いやでも」
僕は「特定されるとよくないかも」みたいなことをしどろもどろに言いました。しかし、ヨウジさんは頑として。
「いいから、『きよすみりょうた』の名前は出して。『きよすみりょうた』がちゃんとその名前だと思われないとだめなんだよ。特定とかは、特徴ですぐぴんと来ないなら大丈夫なはずになってるから」
てにおはが明確に狂っているわけではないものの、どこか違和感を感じるような言い回しでした。
僕はこれ以上ヨウジさんにかかわらない方がいいと思い、お茶を濁して電話を切りました。
しかし、その数分後にまたヨウジさんから電話がかかってきます。
無視しても、電話は何度もかかってきます。
10分ほどそれを気付かないふりでいると、今度はTwitterの方にいくつも通知がきました。
アカウントを開き、鳥肌が立ったのを今でもよく覚えています。
初期アイコンの捨てアカウントが、僕の投稿にコメントをくれた人一人一人に、僕へのメンションをつけたまま、「Kは『きよすみりょうた』」というリプライを送っていたのです。
結局僕は、怖くなってアカウントごと投稿を削除し、ヨウジさんの連絡先もブロックしました。
この時点で僕は、これで事態は収束したのだ、と思っていました。
ヨウジさんには住所や学校は知られていない。だからこちらから合わないようにすれば、もう会うことはないはずだ、と。
ある種、希望的観測も混じっていたのでしょう。実際、しばらくは何事もありませんでした。しかし──
夏休みも終わりに差し掛かること、知らないアドレスから添付ファイル付きのメールが届いたのです。件名は【きいといて!】みたいな感じで、本文はありませんでした。
添付されていたのは、mp3の音声ファイルでした。表示されている秒数は10秒ほどです。
ヨウジさんからだ。
根拠はないものの、そう確信しました。
だから本当は、そんな音声聞きたくなかったし、メールも消してしまおうと思ったのですが、ただ、それがどんな音声か知らないままでいる方が怖いような、そんな気がして。
再生ボタンをタップすると、
「『きよすみりょうた』おとないいくべ。やんでくべ。くわっせぇ、くわっせぇ」
平坦な発音で『きよすみりょうた』と流れた後、若い男の声で、「おとないいくべ」と続きました。
なんというか、『きよすみりょうた』の部分は読み上げソフトを使ったのがまるわかりの、少しかん高くて機械的な音なのに対し、「おとないいくべ」の部分はノイズだらけで蝉の鳴き声も入り込んでいて、かなり古い音声なのではないかという感じでした。
非常に雑な編集で、あとから『きよすみりょうた』を無理やりつなげのがはっきりとわかるもので、
だからおそらくもともとの音声から怪異の名前の部分だけを切り取って、『きよすみりょうた』と置き換えたのでしょうが、それがどういう経緯で制作されたデータにせよ、(怪談話をしてくれた時もそうですが)そんなことをする意味が全然わからなくて、
なんでそれを僕に送り付けたのかも、どういう経緯で僕のアドレスを知ったのかもわからなくて
ただ、もう『きよすみりょうた』について何か疑問を持ったりするべきではない、ということだけは理解しました。
以上が、『きよすみりょうた』に関する僕の体験となります。その後は特に何か悪いことがあったわけでもなく、ヨウジさんから何かしらのアクションが起きることもなかったため、いつの間にかあの時感じた言いようのない不安もおぼろげなものになってしまっていました。
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