(1)
「きよすみりょうた」という名前について僕が最初に触れたのは、おそらく高校二年生の頃です。もちろんその時は、あの名前が今のような事態になるとはまるで思っていなかったため、ただの「なんだか不気味な体験」としか認識していませんでした。
実際、あのことが起こって数日たつまで、ほとんど忘れていたくらいなので。
ただ、「今にして思えば」という枕詞をつけるのであれば、あれは、かなり変な体験でした。
事の発端は、夏休みのボランティアで一人の大学生と知り合ったことでした。正確には、彼にとある「怪談話」を聞いたこと、でしょうか。
彼の本名はついぞ知ることはなかったのですが、周囲からの呼び名と、彼のラインのハンドルネームから、「ヨウジ」さんと呼ばせていただくことにします。
当時の僕は、いわゆる「実話怪談」というジャンルに熱中していました。きっかけは中学三年生の冬、予備校の帰りに偶然書店で買った一冊の実話怪談本でした。購入した理由はよく覚えていませんが、おそらく目次を見て、一話一話が短いことが決め手になったのだと思います。当時の僕は、あまり読書家ではなく、国語の文章題でも苦労するような文字嫌いの学生だったので。
結果的に僕は、事実ベースの平易で淡白な文章と、ほとんどの場合因果が明かされることなくただただ体験者を脅かす不気味な現象のひとつひとつに、たまらなく惹かれてしまいました。思い出してみれば、小学校くらいの頃は「平成うわさの怪談」や「ダレカラキイタ」と言った児童向けホラー短編集を他の子どもと取り合っていたし、夏になると毎年やっていた「本当にあった怖い話」や、恐らくそれに類似したコンセプトであろうスペシャル番組を欠かさず見ていました。中学に上がり、自然と離れていってしまいましたが、やはりそういうものを楽しむ素養が自分の中にあったのだと思います。
受験が終わった後も、実話怪談への熱は冷めやらず、むしろ過酷な勉強から解放されたことでよりのめりこんでいきました。
最初は図書室や書店で書籍を集めるのみだったのですが、徐々にネットのまとめ記事や、YouTubeの解説動画を見あさるようにもなり、そのうち自分でもやってみたい、と思いたって、同級生や先輩、教師などに「何か怖い体験はないか」と聞きあさったりもするようにもなりました。
盛っているものや作り話もあったのでしょうが、みんな結構「怖い体験」をしているもので、一年の間だけでも20ほどの話を集めることができていたと思います。
二年に上がってからは、提供者に許可を得たうえでそれらをTwitterに投降するようにもなり、フォロワー数も400人を超えてすっかり実話怪談収集家気取りでした。
だいたいそのくらいの時期に、昔好きだった「本の怪談シリーズ」の作者が「怪談収集家山岸良介シリーズ」の第1巻を敢行したのも思えば縁を感じます。
まぁ、そんなこんなで「怪談好き」がある程度周知のものになったころ、先生の誘いで夏のボランティアに参加することになりました。ボランティアの内容自体に興味があったわけではないのですが、正直校内だけでネタをあつめるのは頭打ち気味だったのもあり、外部の人の体験談を聞けるチャンスなのではないか、という理由でです。
前置きが長くなりましたが、それがヨウジさんと知り合った大雑把な経緯となります。
ボランティアの内容は、区内の子ども絵画コンクールに出展された作品を、公民館に設置された展示台に張っていくという内容のもので、参加者は20人ほど。僕とヨウジさん以外は全員40代以上の大人で、自然と年が近い同士で会話が増えました。
ヨウジさんの第一印象は、快活なお兄さん、という感じだったかと思います。日に焼けた筋肉質な腕と僕より頭一つほど大きな背丈は、実際以上に年齢差を感じさせました。
アウトドアな印象を受ける彼でしたが、話してみるとどちらかというと写真撮影と読書が好きで、日に焼けているのはフィールドワークであちこち歩き回っているからなのだと言っていました。大学のゼミで近代以降の都市について調べているらしく、県外はもちろん、東北や九州の方に遠出することも少なくはないのだそうです。
そして、フィールドワークの過程でいろいろな人の話を聞く中には、怖い話や不気味な話もかなりある、と言いました。
僕はすかさず「実は怖い話が好きで、もしよかったら聞かせてくれませんか?」といったようなことを申し出ました。
ヨウジさんは「ほんと!?ぜひぜひ!おれも怪談好きで、ぜひ話させて!」と前のめりな様子でした。最初はボランティアが終わったすぐ後で、ということになっていたのですが思いのほか長引いてしまい、連絡先を交換し、後日お互いの家から比較的近いファミレスで話を聞くことになりました。
自分のスマホに、学校の友人と家族以外の連絡先があることに、なんとなくいけないことをしているような高揚感を覚えながら、僕はメッセージを送りました。
「明後日の13時からどうでしょうか?」
「大丈夫だよ〜」
そんな風に約束をして、お互い15分ほど早く店の前で落ち合いました。
「お、早いじゃん。しっかりしてるね」
「暇なんで」
みたいな軽口をたたいたかと思います。
「じゃぁどうしよっかな、先週くらいに九州の方のニュータウンで、そこができる前から住んでるおばあさんに面白い話聞いてさ──」
「あ、その前に」
「ん?」
早速話し出そうとするヨウジさんを遮り、僕はスマホを取り出しました。
「聞いたお話って、ネットで紹介してもいいですか?Twitterで集めた怪談を紹介していて」
「お、いいよ。将来有望で素晴らしいね。ちな、フォロワーさんどのくらい?」
「400人くらいです」
へー、すごいね、と嫌味のない笑顔で言った後、ヨウジさんは少しうつむきました。
それから数秒ほど思案した後、再び顔を上げます。
「あのさ、ネットで紹介するなら、ぜひ紹介してほしい話があるからそっちでもいい?」
「はぁ」
突然の提案に(九州のニュータウンの話に結構興味があったのもあって)面食らったのですが、せっかくお話を提供していただけるのだから、と思い直し、ぜひお願いします、と答えました。
「地元の話でさ、『きよすみりょうた』っていうのがいたんだよね」
その時ヨウジさんがした話は、もう細部はうろ覚えなのですが、おおむね以下のような内容でした。
______________________________________________
・■■県のとある学校に『きよすみりょうた』という怪物がいる
・いじめで死んだ女子生徒である、という説と、教師と関係をもって妊娠してしまった生徒がこっそりトイレに流した胎児である、という説があるが、いずれも赤い毛むくじゃらの顔をした半獣めいた姿である。
・『きよすみりょうた』は主に初夏に、二階のトイレの個室のどこかに現れる。
・『きよすみりょうた』は人間を見ると、舌足らずな喋り方で何らかの質問をする。
・質問に答えると『きよすみりょうた』は嬉しそうに笑い、答えた生徒はひどい熱を出す。答えないと『きよすみりょうた』は怒って、舌か歯を抜かれる。
・足の爪を差し出せば助かるという説もある。
・ただし、『きよすみりょうた』が「みはのめおとなってくろや」と言った場合は、それを聞いた生徒は何と答えても、頭がおかしくなって、「みはのめおとないいくべ。やんでくべ。くわっせぇ、くわっせぇ」といいながら、どこかに歩いて行ってしまう。生徒がどこに行くのかは誰も知らないが、もし行方不明になった生徒をしばらく経ってからどこかで見かけたら、絶対に声をかけてはいけない。一緒に歩き続けることになる。
・『きよすみりょうた』という名前の由来は、「みはのめおとなってくろや」という言葉に由来している。
・過去にヨウジさんのクラスメイトが、実際に『きよすみりょうた』を見て行方不明になっている。
______________________________________________
一連の話を聞いた後、僕はいくつかの違和感を感じ、その場でヨウジさんに質問しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます