第4話


 魔法。前世でのそれは、俺がまだ10代の頃に発現する者が現れ、急激に使用出来る人が世界中で増えていった。俺の学生時代の同級生や仕事の同僚、後輩上司にも使用出来る人はチラホラいて、オタクの俺もいつか使えるようになりたいと思っていたが、ついぞ叶うことなく俺の前世は幕引きとなった。


 だが、俺はこうして新たな世界に生を受け、魔法を使える機会を得たのだ。


 長かった。魔法を知って、使いたいと夢見て20年以上経った今、やっと希望が湧いてきた。


 感覚は覚えている。


 目を閉じて集中。身体の奥底、芯から温まり身体全体に熱が行き渡るようにイメージし、感覚を研ぎ澄ませていく。


 うん。いい感じだ。最初に使う魔法は、さっきステータスを見た時に決めた。

 流石に室内で火を出す訳には行かないし、生も死もよく分からない。だから先ずは水を出す事を目標とする。


 そして手を前に出し、手の平を上に向ける。そしてそこに湧き上がった熱を集め水が出るイメージを……


 

 しばらくの間、身体を温め、熱を送り、手の平から出すイメージを続けていたら、急に身体から抜け落ちる感覚がした。何だと思い目を開けると……



 水だ。俺の手の上に野球ボールくらいの大きさの水球が浮かんで居る。


「よっしゃ!よっしゃ!よっしゃ!!見たかこんにゃろぉお!!」


 一体誰に見たかと言ってるのかは自分でも分からない。けど思わずそう言ってしまう程に嬉しかったのだ。

 そんなふうに気を緩めたからだろう。


バシャッ


 あ、やべっ、やっちまった。


 嬉しさのあまり集中が切れて水が床に落ちてしまった。野球ボールくらいの大きさと言っても流石に床にぶちまけるとビチャビチャだ。

 幸いなのは立っていた為に上半身はあまり濡れていない事だろう。だが嬉しさのあまり万歳したら、見事にとに下半身にクリーンヒット、足が少し気持ち悪い。

 う〜ん。どうしたものか……


コンッコンッコンッ


 ッ!!やべぇ、このタイミングで来るってことはみやか?

「燈矢様。先程大きな声が聞こえましたがどうかなさいましたか」


 うん。やっぱりみやだ。やばい、どうしよう、この状態をなんと説明しようか。


「あ、えっと、うん。いまおきてね、だいしょぶ。しんぱいかけてごめんね」


「いえ、よくお眠りになられたのなら良かったです。それにそろそろ晩御飯のお時間になるので移動しましょうか。入ってよろしいですか?」


「へ!?あ、いやぁ、うん。ちょっとまってね」


 先ず、このまま出ていくのはどうだろうか。服が多少濡れているが何とかバレないかもしれない。この部屋にあるタオルで拭けば少しはマシになるだろうしそれが現実的かもしれない。いや無理だな、流石にズボンの色が違う。どう言い訳する。

 

 待てよ、魔法を勝手に使う事を悪い事したと俺は思ってるが、逆に開き直ってはどうだろうか。魔法使えるようになったんだ!凄いでしょ!と。

 うん、それがいいかもしれない。床と服を濡らしてしまった事は素直に謝ろう。


「はいっていいよ、みや」


「はい。それでは失礼します。燈矢様」


キィィ

 

 さて、怒られませんように!


「え?えっと。あぁ、お漏らししてしまったんですね、燈矢様。大丈夫です。そしたら先に身体を流しお召し物を変えてから、晩御飯に向かいましょうね」


 みやは優しく微笑み、なんなら慈愛に満ちた笑みでそう言ってくる。


 あぁ、そうか、そう思われたのか。まぁそうだよね、この世界のオムツは布だから小さい方を出すと思っきし漏れる。俺2歳だもん。服と床が濡れてたらトイレに間に合わなくて漏らしたと思われるよね。

 けど、流石に漏らしたと思われるのは少し、いやかなり精神年齢33のプライドに関わる。2歳だから仕方ないという甘えは俺の頭にないのだ。変なプライドだが、許せ、それが男って生き物なんだ。


「あ、あの、みや。これはもらしたんじゃなくてね?」


「はぁ」


「そのぉ、えっとぉ、じつは、さっきまほうをつかえるようになりまして」


「……は?……すみません。今、なんと?」


「え?だから、まほうをつかったらみずがでてきて、よろこんだらゆかにおとしちゃって。ごめんなさい」


 よし、ちゃんと魔法を使ったことをカミングアウトして、罪悪感もあるから謝罪もしたぞ。反応はどうだ。


「聞き間違いじゃない?本当に魔法を?確かに漏らしたにしては独特の臭いがしない。という事は本当に水?けど、いったいどうやって」


 反応を伺うようにみやを見たが、本人は少し下を向いて何やら呟いている。


「えっと、みや?」


「ハッ、すみません燈矢様。疑うわけではありませんが、本当に身体から水を出したんですか?」


「ん?うん。ほら」

 

 みやが本当に水が出せるのか聞いてきた為もう一度作ってみようとする。

 お、さっきよりイメージしやすい。何となくコツを掴めた感じかな。うん、確かに母ちゃんの言う通り「グッ、ブワァ〜、ビュンッ」て感じだ。

 あまり調子に乗らないでもっとスムーズにできるようになりたいが、それは今後の課題だな。先ずは確実に作れるようにならないと。


「はい。できたよ?」


「…………」


 俺の手から水が出る過程を眺めていたみやは、目を見開き口をポカーンと開けてこっちを見ている。凄い、これ程分かりやすく驚いている顔を見るのは初めてだ。


「と、燈矢様?今、なにを??」


「?だから、まほうでみずをだした」


 へ?ちがうの?これ、魔法じゃないの?やっとの思いで出来たのに、魔法じゃないとか…… ん?いや、待てよ、これあれじゃない?テンプレのあれか?魔法を使うには詠唱をしないといけないとかそんな感じのやつだったんじゃなかろうか。

 そういや光る玉を出す時もなんかブツブツ言っていた気が……


「燈矢様!!」


「!?うぉお!」


バシャ


 そんなことを考えていたらみやが俺に飛びついてきてギュッと俺を抱きしめる。いや、熱い抱擁は嬉しいけど、俺まだ子供だからね?みや。流石に年の差ありすぎるし、みやならもっといい人が見つかるよ。だから落ち着いて、ね?

 てか、飛びついてきたせいで作った水が弾け、俺ら2人ともずぶ濡れなんだが。


「燈矢様!お身体は大丈夫ですか!?吐き気や頭痛、急な眠気や悪寒はありませんか?熱は、ありませんね。どんな事でもいいので、何かあったら言ってください」


 全然違った。

 どうやら俺を心配してくれているらしく、全身をペタペタ触ってくる。勘違いしちまって恥ずかしいぜ。と言っても特に身体に異常は無い。少しだるいくらいかな。けど魔法を使って魔力が減るとそういう事あるって聞くし。あくまで創作物の話だけど。


「えっと、ちょっとからだがおもいかな?けど、まほうでまりょくつかったからだろうし。うん、とくにいじょうはないかな」


「そ、そうですか。すみません燈矢様、取り乱してしまいました」


「ううん。ぼくのほうこそ、ごめんね。それで、どうしようか、おたがいぬれちゃったけど」


「あ、本当に申し訳ありません。自分のせいで燈矢様にご迷惑を……」


 みやはそう言って深く頭を下げてくる。いや、俺がいきなり魔法を見せたのが悪いんだからそこまでしなくてもいいのに。


「いいよ、みや。ぼくもいきなりまほうみせたりしておどろかせちゃったから。だから、おたがいさまだよ」


 みやは俺の言葉を聞いて頭を上げ、もう一度綺麗な所作でお辞儀をした。


「で、これからどうする?もうすぐごはんなんだよね」


「はい。ですがあと半刻ほどあります。1度お風呂へ入り、髪などを乾かしてから向かいましょう」


「うん。わかった」


 どうやらお風呂タイムのようです。




 さて、風呂を上がって今は髪を乾かして貰ってます。まぁいつもはメイド服のみやに身体を洗ってもらったりしてるけど、濡れてるし混浴すんのかなぁと思ったら違うメイドさんが来ただけでした。ちょっと残念。

 混浴したところでまだ2歳だから性的な興奮は起こらないだろうけど、精神的に嬉しくなる。つまりそれはそれ、これはこれだ。男の悲しき性だね。


 ちなみに髪を乾かしてるのは前世のドライヤーに似た形をした物だ。

 魔法具と言う種類らしく、石になんか書いて魔力を流すと風がでる仕組みになっているらしい。うん。王道だね。その石には魔法陣か呪文でも書いてあるのだろう。あとその石の名前は魔石と言うに違いない。


「終わりましたよ、燈矢様」


「ありがと、さち。きもちよかったよ」


 さちは俺が赤ん坊の頃に世話をしてくれていたベテランおばちゃんメイドの1人で、みやがどうしても俺のそばに居れない時などで偶に助っ人に来ている。

 今回は2人して濡れてしまい、俺と使用人が混浴するわけにいかないので俺の入浴をさちに任せてみやは使用人風呂へ行ってしまった。その為ヘルプでさちが来てくれたのだ。


「さちにおせわしてもらうのはひさしぶりだね。いつもありがとう、またなにかあったらおねがいね」


「はい。燈矢様。いつなりとお呼びください」


「燈矢様。お待たせ致しました」


 おや、ちょうどみやが来たみたいだ。タイミングぴったしだね。


「うん。ぼくもいまおわったから、いこっか」


「はい。食堂にて旦那様と奥様がお待ちです。行きましょう」


 そうして俺はみやに抱っこされ、風呂場から食堂へと移動した。


「お、来たね。待っていたよ、燈矢」


「あらぁ、お風呂上がり?今度一緒に入りましょうね」


 食堂に着くと、父ちゃん母ちゃんが既に座っており俺は二人の間に座らされる。


「さて、3人揃ったし頂こうか」


『自然の恵みに感謝を』


 そのあとは3人で楽しく談笑しながら、2歳児用の少し味の薄い料理を食べた。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 食事を終えた燈矢様を私室まで送り、私は今日の出来事を旦那様へ報告するために旦那様の書斎へと向かってた。


コンッコンッコンッ


「誰だい?」


「燈矢様付き専属メイド、美弥です」


「入りなさい」


「失礼致します」


「珍しいね、君が定期報告以外でここに来るのは」


「先ずは夜遅くに突然訪問してしまい申し訳ありません。急ぎの要件があった為、定期報告を待たずに報告した方がいいかと思い訪れた次第です」


「ふむ。燈矢に何かあったのか。聞かせてくれ」


「出来れば、旦那様だけでなく奥様にもお聞きして頂きたいのですがこのお時間は大丈夫でしょうか」


「……そうか……いいよ。普段燈矢に一番近い君が言うんだ、それほどの事なんだろう。亜衣夏はまだ起きている時間だし3人で話すとしよう」


「ありがとうございます。旦那様」


 私は旦那様に頭を下げながら考える。

 よし、後は魔法の事をご報告するだけだ。だがただ報告しただけでは、おそらく燈矢様が魔法を使うことに制限がかけられるだろう。出来れば燈矢様には窮屈な思いをしないでのびのびと育ってほしい。魔法をしたいと言うならやらせてあげたい。

 だがこの事を話せば、旦那様はともかく奥様は必ず却下なさるだろう。奥様は普段は優しく物腰の柔らかい方であるが、怒ると物凄く怖い方だ。それに燈矢様の事に関してはとても良く考えられている。何か危険や不利益等が僅かでもあればそれを見逃さないだろう。

 けど、燈矢様のために私は旦那様と奥様を説得してみせる。燈矢様が見せたあの魔法がもっと素晴らしくなることを考えると胸が熱くなる。


 そんな事を考えながら私は旦那様の後について行く。


 



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