第44話


「どうして気づいたの?」


 廻が柵の上から訊いてくる。

 ひなたは乱れそうなる呼吸を落ち着かせ、ゆっくりと口を開いた。


「……柄の部分をハンカチ越しに握っていたよね。よく考えてみると、少し不自然に思えたんだ。指紋をつけたくないのなら手袋をつければいい。そっちの方が楽だし、不測の事態に対処しやすい。手袋の代用として急ごしらえでハンカチを使ったとも思えなかった。今回のことは、前々から計画していたわけだからね。更に言うと、犯行の時には指紋をつけていてもよかったはずだ。刺した後、ハンカチで拭けばいいだけなんだから。考えれば考えるほど、廻の行動は不自然だった。そこでわたしは、指紋の他にも何か別の意図があって柄をハンカチで覆っていたんじゃないかと考えた」

「別の意図……?」

 

 天童が呟く。

 ひなたは歩きながら口を動かした。


「ハンカチでなければいけなかった理由を最初は考えたけど、思いつけなかった。だからわたしは、発想を変えてみたんだ。ハンカチでなければいけない理由を考えるんじゃなくて、を考えてみた。そうすると、一つだけ、これじゃないかって解を見つけられた」


 迂回しながら柵の方に近づいていく。


「どこかのタイミングで、廻は刃物を手放すつもりだった。天童先生に刃物を拾わせるためにね」


 なぜそんなことを、と天童が疑問を口にする。

 ひなたは簡潔に答えた。


。当然、凶器に指紋は残せない。でも、手袋もつけられなかった。何も知らない被害者である廻がこの時期に手袋しているのは変だし、咄嗟に外すのも大変だ。現場に持ってきていること自体不自然で、この場に捨てたとしても疑念は残る。でも、ハンカチならその心配がない。地面に落ちていようが、ポケットに突っ込まれていようが、誰も不審には思わない」


 地面に落ちたハンカチを見つめながら言う。


「やっぱり全部お見通しみたいだね。本当は拾わせた後に上手く揉み合ってそこで刺されるつもりだったんだけど、ひなたにはバレてるみたいだからやめたよ」


 廻は肩を竦めた。隠すつもりはないらしい。


「――被害者であることは最強の切り札になる……。前にここで話してくれたよね。あの言葉があったから気づけたんだ」


 とはいえ、気づくのが遅すぎた。もっと早く気付いていれば、違う展開もありえただろう。


「目撃者がいる。お前の計画は成り立たなくなったぞ」


 天童が気を取り直して言う。


「他に事情を知らない目撃者がいればいい。そろそろかな……。ほら、後ろを見て」


 振り返ると、四人組の女子中学生が、公園の入り口のところで固まっていた。そのうちの一人には見覚えがあった。例の、ここで自殺をしようとしていた、まみという子だ。久々に会う。

 おそらく丁度この時間に来るよう、連絡を入れてあったのだろう。

 天童が慌ててナイフを投げ捨てる。


「あの子達が証言してくれるよ。刃物を持った男に女子高生が追い詰められ、崖下に落とされたって」

「もう持っていない。それに、前島の証言がなくなるわけじゃないぞ」


 廻は溜息をついた。しらっとした視線をこちらに向けてくる。


「私の計画では本来、ひなたはここにいないはずだった。ひなたのせいで色々と狂っちゃったよ。申し訳ないと思うなら、私に有利な証言をしてくれない?」

「絶対嫌」

「そう言うと思った」


 廻は冷めた顔をした。


「ま、別にいいや。罪を着せる計画は微妙になっちゃったけど、他の計画はまだ進行中だから」

「どういうこと?」


 ようやく柵のところまで辿り着いた。廻との距離は六メートル程度か。柵の向こうは絶壁となっている。落ちたら確実に死ぬ高さだろう。


「みやに連絡がいくようになっているんだ。天童のせいで私が死んだ、ってね」


 目に狂気の色を浮かべながら続ける。


「天童が生徒に手を出して、その件を問い詰めていた私が死んだ。……全て明るみに出るよ。学校の人間だけじゃない。天童の家族、友人、知人、元同級生、全てに情報がいくよう設定してあるんだ。天童先生、あなたの人生は終わったようなものだね」


 天童が眉間に皺を寄せる。


「計画の一部は狂っちゃったけど、最終的な目標は全部達成できる。きっとみやも、喜んで私の後を追ってくれるよ」

「……くだらない……」


 ひなたは柵に手を掛けた。

 廻がこちらを向く。


「ひなた、今何か言った?」

「くだらない――そう言ったんだよ」


 柵に足を引っかけながら続ける。


「どうして廻は、昔の友達にこだわるの?」

「約束は守るべきだからね。当然でしょ」

「だったらわたしとの約束も守りなよ」

「何かしたっけ……?」

「更生プログラムを受けるって約束だったでしょ。忘れたとは言わせないよ。プログラムはまだ終わってない」

「飽きたんだよ」

「人生はまだまだ続いていく。プログラムを受けることで、楽しい人生を送れるようになるよ。わたしが保証する」

「人生は続かない、ここが終着駅だからね。もう二年前から決まっていたことだよ。私に未練はない」


 ひなたは小さな体を何とか持ち上げ、柵の上にあがった。両足で立ち、バランスを取る。下を見るな、と何度も自分に言い聞かせながら廻の方を向いた。


「何しているの……?」


 廻が目を細めて訊いてきた。

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