第43話
「……知ってたんだ」
ひなたが口を挟むと、廻は淡々と答えた。
「どれだけ調べても、みやに酷いことをしたって情報は見つけられなかった。むしろその逆で、誠心誠意向き合っていた事実ばかりが出てきちゃったんだよね。一方で、みやのよくないところは浮き彫りになっちゃった。とはいえ、天童は未成年に手を出すような奴だから、カヤあたりを狙うと思っていたんだけど、それもなかったね。無駄な時間を過ごしたよ」
「……だったらどうして……」
「みやは、まだこいつのことを愛しているんだよ。だから、こいつを壊そうと思った。こいつを壊せば、またみやが壊れてくれるから――これ、部屋でも話したよね?」
「田宮さんの方から先生を振ったんだよ。愛しているとは思えないんだけど」
廻は肩を竦めた。
「当時のみやは浮気のせいで自分は振られてしまうと考えていたんだ。プライドの高い子だったから、許してとは言えなかったんだろうね。だから、自分の方から振る形にしたんだよ。振られたとしても天童は自分を追いかけてくれる。あの子はそう思っていたみたいだよ」
天童が顔を上げる。困惑の色を浮かべていた。
「みやの裏垢を見つけたんだよ。そこに天童への未練が綴られていた。あとで見せてあげるよ」
廻は薄い笑みを浮かべながら天童の反応を伺った。
「ひょっとして、嬉しいと思った? もう一度アタックしてみたら? たぶん、また付き合えると思うよ」
趣味の悪い問いかけだ。それに対して天童は、首を横に振った。
「……悪いが、今は妻一筋だよ」
へえ、とつまらなそうに呟く。こちらを見て、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「計画の全貌は洗いざらい話したよ。この後どうするべきかな」
「その握ってるのは捨てなよ。危ないから」
「ひなたって真面目ちゃんだよね。そんなつまらない返ししかできないんだ。がっかりだよ」
「もうやめようよ」
声に感情を乗せて言う。
「廻が傷ついていることはよくわかったから」
「何の話をしているの……?」
「友達に大事な約束をすっぽかされて、とても傷ついたんだよね? わたしも覚えがあるよ。小学生の時、いじめられていた子を助けたことがあった。その時、その助けた子と約束したんだ。いじめっ子達と戦おうって」
でも、と続ける。
「その子は翌日から、わたしをいじめる側に回った。いじめる側に回れば、自分はいじめられなくなる。簡単な理屈だね。合理的な選択をしただけだって、頭ではわかってた。でも、わたしは凄く傷ついたんだ」
廻は笑った。
「そんな過去があるのに、ひなたはお人好しのまま高校生になったんだ」
「それがわたしだから」
廻は口を閉ざした。
「廻は、どうしてわたしの連れになったの?」
「……滑稽で面白かったからだよ。さっき話したじゃん」
「嘘!」
ひなたは声を張った。
「廻は寂しかったんだ。皆から恐れられて対等に話せる相手が一人もいなかったから。だから、わたしと仲良くなろうとした。違う?」
廻が表情を消す。鉄仮面を被ったようだった。
「仲良くなれてよかった。わたしはそう思ってるよ。廻は捻くれていて暴力的で怖い女だけど、虐げられている人を助けようって優しさは持ってる。だから、こんなことはやめてほしい。お願いだから」
廻は眉を顰めた。僅かに後ずさる。
次の瞬間だった。
天童が廻の腕を取った。ずっと隙を伺っていたのだろう。刃物が落ちる。柄に巻かれていたハンカチがひらりと宙を舞った。
「先生!」
ひなたが叫ぶ。
スローモーションのように時間が流れた。
天童が慌てて腰を落として刃物を掴もうとする。危険を排除するのが先決――そう考えたのだろう。正しい判断だ。
ひなたは地面に落ちたハンカチに意識を向けた。じっと凝視する。
次の瞬間、全身の毛が逆立った。
――そうか、廻の狙いはこれだったのか。
慌てて口を動かす。
「先生、それに触っちゃダメ!」
しかし、すでに遅かった。天童は刃物を握り、態勢を立て直していた。廻を見つめて口を動かす。
「灰崎、もうやめるんだ。お前を犯罪者にはしたくない」
廻は頬を緩めた。その反応を見て確信する。
「先生、今すぐ刃物を捨てて廻を止めて!」
「え……?」
天童が振り返って硬直する。
次の瞬間、廻は素早い動作で柵の上に飛び乗った。器用に態勢を整え、こちらに振り返る。ひなたに向けて、満面の笑みを浮かべた。
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