第38話
「皆で集まって楽しそうだね。私も混ぜてよ」
太志がリビングの中に入り、ぴんと背筋を伸ばす。
シャーロットは顔を真っ青にしていた。全身から血が抜かれてしまったかのようだ。
緩やかな動作で廻が中に入ってくる。デートの時に着ていたワンピースを着用していた。
「……これは違うのよ」
シャーロットが開口一番言い訳する。廻はそれを無視して、ひなたを見つめた。
「ラットと仲良くしてたんだね。私には縁を切れって、あれだけ言ってたくせに」
「仲良くしてたわけじゃないよ。それと廻には、更生プログラムを一通り終えたら会っていいって言ったから」
「そうだっけ?」
シャーロットと太志の二人は、叱られた子供のような顔をしていた。身じろぎ一つ取ろうとしない。
「訊いていい?」
ひなたの質問に、廻は「ものによるけど一応オッケーかな」と答えた。
「廻の言っていた、飛び降りた子について調べてたんだ。でも、よくわからなかった。本当にその子は飛び降りたの?」
「飛び降りる予定だったんだよ」
「……嘘をついたってこと?」
廻は薄い笑みを浮かべた。そばかすの子の写真に視線を向ける。
「天童に弄ばれたって相談してきたから、復讐の提案をしたのに、あの子はそれを蹴った。じゃあどうするつもりなのかって訊いたら、鉄山から飛び降りて全部終わらせるって話したんだ。それを聞いて、私は嬉しくなった」
「その反応はおかしいと思うけど」
「前に言ったよね。この世はつまらないって。もう飽き飽きしてたんだ。だから、一緒に飛び降りることにしたの。彼女も頷いてくれたよ。日付と時間を決めてその日は別れた。そして当日、鉄山で待っていたんだけど、約束の時間を超えてもあの子は現れなかった。別の場所で死んだのかなと思って、一人で飛び降りようとしたら、変な女に止められちゃった」
馬場凛子か。
「後でわかったんだけど、あの子は自殺せずに転校しちゃったみたいだね。結局、約束した日から一度も会わずに別れたよ。ま、どうでもいいことだけどね」
「どうでもいい、なんてことはないでしょ」
ひなたは声を尖らせた。
「どうでもよくないから、天童先生に制裁を加えようとしてる。そうでしょ?」
「ひなたは何もわかってないね」
廻は失望の色を浮かべて言った。
「あの子は復讐の道を選ばなかった。天童を愛していたからだよ。愛っていうのは偉大だよね。裏切ってきたのに嫌いになれないんだから。だからこそ、私は天童を壊すことにしたんだ」
「理屈が通ってないように思えるけど」
「天童を壊したら、あの子もまた壊れてくれる。そう思ったんだ。そうしたら、今度こそ一緒に命を断てるでしょ。どうでもいい存在から、友達に戻ってくれるかもしれない。そうだよね?」
「……」
ひなたは口を噤んだ。
廻の目には、狂気のようなものが浮かんでいた。
もはや理屈ではないのだろう。廻は天童に制裁を加えると決めている。心に決めてしまっているのだ。
「二年以上待ったのは人生最高の瞬間に、天童の人生を壊したかったからだよ」
「結婚のタイミングは逃してるけど……」
「もっといいタイミングがある」
「……もしかして妊娠出産?」
廻はにこりと笑った。正解みたいだ。
「廻、やめようよ」
一歩近づく。
「天童先生に何かしたところでその子が廻と一緒に死んでくれるとは限らないよ。その可能性は限りなく低いと思う。もう過去のことは忘れて、新しい人生を謳歌しようよ。きっと友達も、そうしているんじゃないかな」
「この世界で一人で生きたいとは思えない」
「わたしがいる!」
声を張り上げると、廻は動きを止めて目を見開いた。さきほどまでの威圧感が消え、子供のような顔をする。
ひなたはさらに一歩近づいた。一歩、一歩、彼女に近づいていく。
廻に触れたい。強くそう思ったからだ。
廻はひなたから視線を逸らした。そして重々しい調子で言った。
「シャーロット、ひなたを拘束して」
「え……」
今まで黙っていたシャーロットが掠れた声を出す。
「そうしたら今回のことはおおめに見てあげる」
突然、後ろから羽交い絞めにされた。ものすごい力だ。
「シャ、シャーロットさん、放してください!」
「ごめんね」
暴れるが、びくともしなかった。
廻が冷めた視線を向けてくる。
「ひなた、私がどうしてあなたみたいな人をそばに置いていたと思う?」
「……わからない。可愛いから?」
「滑稽だからだよ」
ふっと笑みを浮かべる。
「馬鹿正直で空気の読めないお人好しって一番嫌いなんだよね。でも、滑稽で面白くはある。だからそばに置いたんだよ。ひなた、本気で私が、ひなたみたいな子を好きになると思う?」
ありえないから――廻はそう言った。
ひなたは抵抗するのをやめた。廻の瞳をじっと見つめる。
「わたしは廻のこと好きなんだけどね」
「嫌いって言っているのに、好きなんだね。人を嫌いになれないって辛いね」
「悪いけどわたしはハッピーだから。後、嫌いって言われるほど燃えるタイプでもある」
「ドMの変態じゃん」
廻は肩を竦め、ラットのメンバーに視線を向けた。
「今から私は計画を実行するよ」
シャーロットが生唾を呑む。太志は、ぽかんとしていた。
「二人は夜七時くらいまで、ひなたをここに拘束しておいてよ。私は天童の家に行ってくるから」
「わ、私も行くわ」
廻は首を横に振った。
「来なくていい。これは私の問題だからね」
押し入れから手持ち鞄を取り出す。ふう、と息をついてから、全員の顔を見回して微笑んだ。
「じゃあ、行ってくる。この部屋は見納めかな」
「廻、行っちゃダメ」
ひなたは羽交い絞めにされたまま言った。
廻が踵を返してリビングを出ていく。こちらを振り返ることすらしなかった。
「行っちゃダメだよ!」
玄関の扉が閉まる音が聞こえ、ひなたは全身から力が抜けていくのを感じた。
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