第33話
いつものように学校生活を送っていると、クラスメイト数人に声を掛けられた。
「ひなたちゃん、相談があるんだけど……」
こういう形で声を掛けられるのは久しぶりだ。
ひなたは笑顔で「どうしたの?」と訊いた。
クラスメイト達がハッとした表情を浮かべる。あまりにフラットな返答に驚いたのだろう。
一人が俯きがちに言った。
「灰崎さんのことなんだけど……」
クラスメイトの二人が、廻に酷いことを言われ、そのショックで学校を欠席しているという。何とか仲を取り持ってほしいという相談だった。
「先生には?」
「言わないで、って二人からお願いされてるから言ってないよ」
廻は席を外していた。それを確認してから、ひなたは頷いた。
「いいよ、わたしが話しておく」
「ありがとう、ひなたちゃん。やっぱり頼りになるね」
全員がほっとした表情を浮かべる。そのうちの一人が、申し訳なさそうに言った。
「……本当に大丈夫なの?」
「え、何が」
「灰崎さんのことを押し付けちゃってるから、負担大きくなってるでしょ」
ひなたは苦笑した。
「そんなことないけどね。あの子、ああ見えていいところもいっぱいあるんだよ。ちょっと癖は強めだけど。あと、廻はわたしの連れだから任せてよ」
「その連れっていうの、前から言ってるよね。ちょっと意味不明」
「わたしも意味不明だから大丈夫」
「なにそれ」
全員で笑う。こういう空気感を味わうのは久しぶりだった。
「あ。そろそろ授業始まるから行くね」
全員が自分の席に戻っていく。
いずれクラスメイトと関係を修復できるかもしれない。ひなたは楽観的に考えることにした。
休み時間になり、廻に声を掛ける。
「授業サボらなくなったよね。更生プログラムのおかげかな」
「サボるとひなたママがうるさいからだよ」
早速本題に切り込んだ。話を聞き終えると、廻はニヤニヤとした笑みを浮かべて言った。
「へえ、休んでるんだ」
「二人に何言ったの?」
「別に」
答える気はないらしい。
「傷つけるようなことを言ったのなら、謝った方がいいよ」
「大したことは言ってないんだけどねぇ……。繊細さんってやつなのかな」
「そもそも、何で突っかかったの?」
「覚えてない。何となくムカついたんじゃない?」
ひなたは溜息をついた。
「更生プログラムの一環で、道徳的な小説を読ませたでしょ。あそこに書かれてあったことを思い出しなよ」
「無理。読んだことは忘れるようにしてるから」
「それだと意味ないじゃん!」
全力で突っ込む。
「いいよ。登校したら適当に謝っておくから」
再び揉めそうで不安になる。
振り返ると、たくさん女子の視線が集まっていた。慌てて逸らされる。どうやら全て聞かれていたらしい。
自分の席に戻ったところで、クラスメイトの一人に声を掛けられた。さきほど仲を取り持ってほしい、と言ってきた女子の一人だ。
「ひなたちゃん、二人が休んだ件だけど、あれ、灰崎さんじゃなくて二人が悪いんだよ」
「え……?」
「黙っててごめんね。二人から口止めされてて言えなかった。でも、気が変わったの」
二人はひなたの机の中にごみを入れようとしていたらしい。そこに廻が現れ、二人を責め立てたそうだ。そのあまりの圧に二人は泣き出してしまい、学校に来れなくなった。それが事の経緯だという。
「私は途中からその場面に出くわして事情を知ったんだ。灰崎さんの詰め方はやりすぎだったと思うよ。けどそれは、二人がひなたちゃんをターゲットにしたからだと思うんだ」
「わたしを……」
「うん。さっきのひなたちゃんと灰崎さんの話を聞いて、私びっくりしちゃった。全部話すと思っていたから。でも、灰崎さんは二人を悪者にしなかった」
「言ってくれればよかったのに……」
「たぶん、ひなたちゃんを傷つけたくなかったんじゃないかな。クラスメイトにいやがらせをされそうになっていた、なんて知りたくないでしょ?」
ひなたは口を噤み、廻の方を向いた。相変わらず退屈そうに頬杖をついている。
「灰崎さんって、友達想いだったんだね。知らなかった」
複雑な表情を浮かべて続ける。
「ひょっとしたら灰崎さんの方がいつも正しくて、私達の方が間違っていたのかな……?」
ひなたは苦笑した。
「正しいと思うものが違うだけで、どっちが全面的に正しい、って話じゃないと思うよ。世の中にはいろいろな正しさがあるからさ」
クラスメイトは目をきらきらさせた。
「流石だね、ひなたちゃん。凄い大人な意見だ」
「当然だよ。だって大人だもん」
廻と仲良くなっていなければ、こういう考えを持たずに一生を終えていたかもしれない。大げさではなく、本気でそう思う。
ふと、目の前の子が廻と同じ中学だったと気づく。
自分語りをあまりしてくれない廻のことを知るチャンスだった。
「ちょっと訊きたいことがあるんだ。中学三年の時、鉄山から飛び降りた子がいるって聞いたんだけど」
「え?」
彼女は大きく目を見開き、少し悩んだような表情を浮かべてから口を開いた。
「聞いたことないけど……」
「本当に? 三年の時、いなくなった子はいない?」
「転校しちゃった子は学年に一人いたね」
「その子、廻と仲良かった?」
「どうだろう……。転校した子と灰崎さんは同じクラスだったよ。だけど詳しいことは知らないな」
自殺はなかったのか?
いや、転校ということにしてあるのかもしれない。間違って認識している可能性もある。
「そういえば、灰崎さんのクラスの先生はかなり苦労していたみたいだよ」
「それは……そうだろうね」
「まあ、セクハラしまくりの先生で、ざまあみろ、みたいなふうには言われてたけどね。灰崎さんにたくさん恥を掻かされたんだってさ」
「そっか……。その人、今は何してるの?」
廻から報復されているのなら、すでに教師ではなくなっているのではないかと思う。廻はやると決めたら徹底的にやる女だ。
クラスメイトは視線を斜め上に向けながら言った。
「教師を続けているみたいだよ。灰崎さんが卒業した後くらいから、元気を取り戻して、バリバリ仕事に取り組んでいるみたい。わたしの後輩が最近、セクハラされたってSNSで愚痴ってた。元スポーツ選手で、部を全国に押し上げているから許されているところがあるんじゃないか――そんなふうに言われてるね。実際のところはわからないけど」
教師の名前を聞き、スマホにメモする。
脳裏に浮かんだのは、放課後の教室で廻が呟いたことだった。
――数週間後に、私は人を殺そうと思ってるんだ。
ひなたは祈るような気持ちで廻を見つめた。その横顔からは、何の感情も読み取れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます