第21話
「私の兵隊を貸そうか?」
廻がルービックキューブを回しながら言う。すでに三面揃えていた。
「兵隊って……ラットは辞めたんでしょ?」
「ラット以外の兵隊を使うんだよ」
「は? そんな人いるなんて聞いてない」
目を三角にして指摘すると、廻は「言ってなかったからねぇ」と答えた。
ひなた達は夜のファミレスに来ていた。ここのところカヤに付きっきりで、廻と二人きりで会える機会が少なかったから、たまには時間を作ろうということになったのだ。
カヤの許可を取り、廻にはストーカー被害のことを話している。更生プログラムを延期させる理由を正直に伝えるためだ。
「兵隊を使ったら特定できるかもしれないよ?」
「特定してどうするわけ」
「場合によっては、ちょっと痛い思いをしてもらうかもね」
「廻に頼めない理由はそれだよ……」
はあ、と息を吐き出してから、ドリアに口をつける。チーズの美味しさが口全体に広がった。
「飽きた」
廻はルービックキューブをポケットに入れた。うーん、と腕を伸ばしてから、こちらに目を向ける。
「そのストーカーってひなたは見たことあるの?」
「一回だけね」
中学二年の冬、カヤと一緒に下校していたら気配を感じた。振り返ると、五メートルほど離れたところに眼鏡をかけた細身の男性が歩いていた。カヤに確認してもらい、彼がストーカーであることがわかった。ひなたは改めて振り返り、口を大きく開けて言った。
――もうついてこないでください! 迷惑です!
「それからどうなったの?」
「ストーカーは逃げていったよ。それ以来、カヤがストーカー被害に遭うことはなくなった」
「ちびっこに怒鳴られただけで折れるなんて意気地なしだなぁ」
「なんだと」
「今回紙を送ってきたのはそいつと同じやつで確定?」
「……わからない。でも、青い文字って共通項から、その可能性は高いと思ってる」
ふうん、と呟き、ひなたの目を覗き込んできた。
「なんで紙を誰にも見せようとしないの?」
ひなたは視線を逸らした。
父親の浮気とストーカー問題に直接的な関係はないはずだ。廻に話すべきことではない。
「だんまりするなら、ちゅーするけど?」
「なにその気持ち悪い脅し文句。初めて聞いたんだけど。本当にしたら通報するからね」
「私とちゅーしたくないんだ……悲しいなぁ……」
しくしく、と泣き真似をする。
「当然でしょ、太志くんじゃあるまいし」
「え? 太志?」
廻はきょとんとした。あれだけ露骨だったのに、好意を抱かれていたことに気づいていなかったらしい。
「何でもない、気にしないで」
「太志のことなら最初から気にしてないけど」
太志くん、強く生きて! 応援してるから!
ひなたは心の中でエールを送った。
廻の端正な顔を見つめながら口を動かす。
「廻って恋愛経験あるの?」
「秘密」
「わたしはないよ」
「へえ、意外」
にやにやとした顔で言う。お子様を見るような目つきだった。むかつく。
「ないからこそ、人に付きまとう気持ちがわからないんだよね。そんなことをしても振り向いてもらえないってわかりそうなもんでしょ。恋は盲目ってやつなのかな」
「今回のストーカーが恋愛感情から付きまとっているとは限らないよ」
「どういうこと?」
「嫌がらせや悪意からストーキングする層も一定数いるってこと。私の知り合いはそれで刑務所に入ってる」
「豊富な人脈をお持ちだこと」
皮肉を込めて言うと、廻は「出所したらご飯を食べに行く予定」と微笑んだ。
「カヤは昔から変な男に目をつけられがちだから心配してるの。今回の件が解決しても、また被害に遭いそうで」
「無自覚に優しさを振りまいて、そのうえ言いなりになるタイプだからね。女を支配下に置きたがる男から見ると、理想って感じに映るんじゃないかな」
的確な分析だった。廻は意外と人に対する観察眼があるらしい。
「だからこそ、わたしが守らなきゃいけないって思ってるんだ」
「相変わらずママみたいだよね」
「それ、全然嬉しくないからやめて」
「あの子はあの子で、支配下に置かれることで庇護してもらおうという下からのコントロールをしているわけだから、自業自得な部分もあると私は思うけど」
「棘のある言い方だなぁ……」
眉を顰める。
「凄く不愉快」
「ひなたのそういう顔、私は好きだよ」
「ありがと。これからは廻にだけ見せることにするよ」
「特別扱いしてくれるんだ。嬉しい」
廻は手元のコップのふちを指でなぞりながら続けた。
「本当に兵隊、使わなくていいの?」
「使わない」
「暴力なしって言い聞かせてから使えばいいじゃん。特定してもらおうよ」
「わたしは廻に、そういう世界から足を洗ってほしいんだ。ひとまず接触を断ってほしいの。ある程度まっとうな倫理観を持てるようになったら、ラットの人達や刑務所にいる元ストーカー、その兵隊さんとも会っていいよ。けど、今はやめてほしい」
「DV彼氏みたいな束縛だね」
廻は肩を竦めた。
ドリアの残りを平らげる。ごちそうさま、と手を合わせ、廻を見つめる。退屈そうに頬杖をついていた。
食事をしようと集まっているのに、廻はドリンクバーしか頼んでいなかった。何かこだわりでもあるのかもしれない。
それなりの付き合いになってきていると思うが、いまだに廻のことをひなたは何一つ知らないままだった。そのことに焦燥感のようなものを覚えてしまう。
口を開きかけた時、ポケットの中のスマホが震えた。取り出してみると、カヤからの連絡だった。廻にことわりを入れてから通話に出る。
「ひなたちゃん!」
大きな声に驚き、耳からスマホを遠ざける。
「ど、どうしたの」
「今、外にストーカーがいるの!」
ひなたは喉を震わせた。
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