第17話
駅前の高層マンションの一室に連れ込まれた。
二十畳くらいはあるだろうか。かなり広々としている。十五人以上の人間が、それぞれ好きなことをして寛いでいた。ゲームで遊んでいる人間もいれば、女性だけで猥談しているグループもある。部屋の隅で胡坐をかいて寝ている男性までいた。
「ようこそ我が家へ」
そう言ったのは金髪碧眼の女性だった。イギリス人と日本人のハーフだという。シャーロット、と名乗っていた。
「えっと……これってどういう集まりなの?」
ひなたは警戒心を強めて言った。
「ラットだ」
太った男が口の端を歪めながら言う。
「ラット?」
「俺たちのグループ名さ。格好いいだろ?」
ひなたは微妙な顔を浮かべた。
赤いソファに座らされる。窓の外を見ると、町全体を見渡せた。これが十五階から見える景色らしい。廻は対面の席に座り、飲み物を持ってくるよう近くの子に命じた。
「廻ってここのリーダーなの?」
廻はきょとんとした。それから振り返り、「私ってここのリーダー?」とシャーロットに訊く。
「私はそう認識しているけど」
「俺もだぜ!」
太った男が親指を立てる。廻は肩を竦め、こちらに顔を向けた。
「らしいよ」
「らしいよって……。さっきの質問に戻るけどさ、あなた達って――」
「ラットだ」
太った男がキリッとした顔で言う。
「あなた達って」
「こいつ話聞かねえな」
「何が目的でここに集まっているの?」
廻をまっすぐ見つめる。返答によってはすぐに帰ろうと思った。
太った男が割り込んでくる。
「俺達ラットは社会のはずれ者でありながら社会悪をぜってえ許さねえっていう理念の元集まってる。ドラッグ、暴力、性犯罪、それらを撲滅するために活動してるんだ。な、最高だろ?」
……胡散臭いな。
ひなたは廻をまじまじと見つめた。コカ・コーラの瓶を受け取り、ありがとう、と笑みを浮かべている。ひなたの前にも一本置かれた。すでに蓋は外されていた。
「廻の連れなんでしょ?」
シャーロットが笑顔で話しかけてくる。
「男連中に啖呵を切った時、最高にクールだったわ。度胸があるのね」
「別に、そんなことはないですよ。勘違いだったし凄く怖かったです」
「怖いのに行動できるのが凄いのよ。普通はできない。私、普通じゃない人は好きよ」
はあ、と生返事を返す。
「流石、廻の連れなだけあるわ。いつでもここに来ていいからね」
「いえ、今回だけにしておきます」
「遠慮しないで。廻の連れってことは私達の仲間なんだから。いつでも歓迎するわ」
視線が集まる。
通過儀礼、という言葉が脳裏をよぎった。ここにいる全員、前島ひなたがどういう人間なのか知りたがっているのだ。今日ここに呼ばれたのは、テストの意味合いも兼ねているのかもしれない。
ひなたは、廻に視点を固定させた。
「正直なことを言っていい?」
いいよ、と廻が頷くので、ひなたは覚悟を決めて言った。
「このグループの考えに賛同できる部分はある。でも、わたしは仲間になれない」
シャーロットが悲しそうな顔をする。
ひなたは周囲を見回して続けた。
「未成年ばかりだよね。こんな夜遅くまで人の家に集まってどんちゃん騒ぎするのって、どうなのかな?」
「そ、それはよぉ……」
太った男が何かを言いかけるが、構わず続けた。
「さっきは賛同できる部分もあると言ったけど、犯罪を撲滅するって、未成年主体のグループでやることではないでしょ。自治体や警察の仕事だよ。実際犯罪に巻き込まれたらどうするの? メンバーの子が被害に遭ったら親や周囲になんて説明するわけ? あなた達のしていることって、アメリカのギャングと一緒だと思う。正当化できないよ」
場が静まり返る。
空気の読めない発言をしていることは百も承知だった。しかし、考えを曲げるつもりはなかった。
廻が能面のような顔をしてひなたを見つめる。それからふっと頬を緩めた。
「流石、私の連れだね。耳に心地いい正論だ」
「痛いの間違いじゃない?」
「皆、これが私の連れの前島ひなただよ。御覧の通り、空気が読めないんだ。皆、仲良くしてあげてね」
廻が言うと、おー、っと歓声が上がった。ノーと言える日本人サイコー、と若い女性がはしゃいでいる。騒げればなんでもいいのかもしれない。ひなたは呆れた。
廻がスマホを取り出して、ちっと舌打ちする。
「ちょっと電話に出てくるね」
「カルテルからの電話?」
「なにそれ?」
「べっつにぃ……」
廻が席を外す。どうしたものか、と思っていたら、シャーロットがしゃがみこんで、目線を合わせてきた。
「ごめんね、不快な思いをさせちゃって」
「そうですね」
ひなたは眉を顰めて言った。シャーロットがさらに申し訳なさそうな顔をしたので、「こっちこそ、ごめんなさい。空気を悪くしました」と素直に謝る。
「いいのよ。あなたの言っていることは正論だから」
「シャーロットさんは、なんで自分の家を溜まり場にしているんですか?」
見たところ、彼女はまともそうに感じられるのだが。
「私はラットの初期メンバーだよ」
「え、そうなんですか」
「実の父親にレイプされそうになっていたところを、廻に助けてもらったんだ。もう二年以上の付き合いになるね」
ひなたは閉口した。重すぎる球を投げられ、受け取ったはいいものの、どうしていいかわからなくなったのだ。
「ここにいる子達は劣悪な環境に身を置いているから心の拠り所がなかったんだ。だから私の家を避難所として使わせてあげてるの。若干一名、廻に惚れてくっついている太志って子もいるけどね」
シャーロットが太った男に視線を向ける。彼は他の人間と談笑していた。
なるほど、そういうことだったか。
「私は自分のしていることが正しいことだと思っていないよ。でも、心のより処として機能するなら、それでいいと思っている」
「別の方法を、考えたことはないんですか?」
「私が考えたところでいいアイディアは何も思いつかないからね。かと言って、私達は皆大人達に裏切られている。大人に頼ろうって発想がそもそもないのよ」
「それでもわたしは、ほかのやり方を模索した方がいいと思います」
「強情ね。聞いていた通りだわ」
「代替案はありませんけどね。ごめんなさい」
「私、やっぱりあなたが気に入ったわ。またいつでも来てよ。待ってるから」
廻がリビングに戻ってくる。
ひなたは立ち上がり、廻を睨みつけた。
「二人きりで話をしようよ」
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