第18話


 二人でベランダに出る。廻はコカ・コーラの空きビンを持っていた。いつの間にか飲み干していたらしい。ひなたのコカ・コーラはテーブルの上に残したままだ。

 廻の方に体を向け、至近距離から顔を見つめる。


「こういうところに呼ばれるなんて聞いてなかった」

「喜んでもらえたかな?」


 廻は飄々とした態度で言った。反省はしていないらしい。


「わたし、こういう集まり凄く苦手なんだけど」

「ひなた、意外と友達少なくて社交性低いもんね」

「なんだと。……ま、否定はしないけどさ。そっちは意外と友達多いよね。友達なんていないって言ってたけど、嘘じゃん」

「嘘じゃないよ」


 膝を曲げて目線を合わせてくる。


「私に友達はいない」

「じゃあ、あの人達は何なの?」

「ひなた、なんで怒ってるの?」

「べつに怒ってないし」

 

 視線を逸らしながら言う。

 廻に関する噂は全て嘘で、多少性格に難があるだけで普通に良い子である――そういうストーリーを思い描いていたのだ。それが裏切られ、もやっとしているのだろう。


「こっち向きなよ」


 両手で頬を挟まれ、強制的に前を向かされる。再び視線が交差した。


「あいつらは友達じゃないよ。暇つぶしのために集めた兵隊でしかない」

「……それ、口にしない方がいいと思う」

「本人達の前で言ってるけど?」


 きょとんとされる。なぜ口にしてはいけないのか、と本気でわかっていない様子だ。


「それを言って皆どんな反応してた?」

「え、どうだったかな……。あんまり覚えてないけど、廻は流石だね、とか、兵隊として死んでやるぜ、とか言ってたかな」

「甘やかされてるなぁ」

「そうかも。ひなたと一緒だよ。お姉ちゃんに甘やかされてるんでしょ?」

「え……」


 動揺する。思わずチョーカーに手を添えてしまった。

 廻はくすくすと笑った。


「感情が表に出やすいタイプだね。将来、絶対に詐欺師にはなれないよ」

「なるつもりないから。それより、何でお姉ちゃんのことを知ってるの?」

「引きこもりなんでしょ」

「……どうして……」

「優秀な兵隊がたくさんいるんだ。調べるのは簡単だったよ。お母さんのことも――」

「やめて!」


 声を尖らせる。


「家族には口出ししないで!」


 廻は笑みを消した。


「……いいよ、関わらない。でも、ひなたの家族が、ひなたを苦しめてる場合は、その限りではないから。ひなたは私の連れだからね」

「いったい何の話をしてるの? 意味がわからないんだけど」

「自覚がないのか、自覚して庇っているのか――どっちかわかんないね」

「よくわからないことを言わないでよ。もうこの話はやめよう」


 ひなたは両手を払いのけた。呼吸を整え、廻を睨みつける。


「……連れとして、わたしは廻を更生させるから」

「更生ねえ。具体的には何するの?」

「まずラットの活動をやめさせる」


 自衛団ごっこなんていずれ崩壊するに決まっている。取り返しのつかない事件を起こす前に、自ら壊すべきだ。

 廻は笑みを浮かべた。


「いいよ」

「え……?」

 

 ひなたは目を見開いた。


「なんか意外そうだね」

「それはまぁ、あっさりしすぎていたから。いいの?」

「単なる遊びだったから別にいいよ。いつ辞めてもいいと思ってたんだ」


 廻はベランダの柵に手を置き、目下を眺めながら言った。


「この世の中って驚くほどつまらないと思わない? 何もかも、私はクソだと思ってるんだよね」

「……わたしは、そうは思わないけど」

「私は退屈で仕方ないよ。娯楽に逃避してた時期もあったけど、娯楽は娯楽でしかないから、刺激が足りないんだよね。だから、私はより刺激的なものを求めるようになったんだ」


 ベランダの柵に上ろうとする。ひなたは咄嗟に動いた。後ろから抱き着き、ぎゅっと力を込める。体重をかけ、上がれないようにした。


「……熱烈なハグだね。このまま寝室に行こうか?」

「行ってもいいけど、こういうことはもうしないって約束してよ」

「今日のところはやめとこうかな」


 ひなたは抱き着くのをやめた。

 廻がダンスを踊るように振り返る。


「やっぱりひなたはいいね。面白い」

「廻には、絶対わたしの更生プログラムを受けてもらうから」

「ラットを辞めた後は何するの?」

「ボランティアとか色々だよ。わたしの連れとしてふさわしい高校生になってもらうから、覚悟してね」

「へえ、面白そう」


 二人で室内に戻る。廻は早速、解散を報告する気のようだ。全員に声をかけようとしたところで、逆に厨房から声が掛かった。

 

 女子の集団に面白い画像があると言われ、二人でスマホの画面を覗き込む。女装をしている太志が写っていた。太志が「やーめーろーよー」と涙目になっている。罰ゲームで着せられたものらしい。


「可愛いじゃん」


 廻が言う。


「え、マジ? 俺、可愛い?」

「うん、可愛い可愛い」

「そ、そうか……」


 嬉しそうな顔をしていた。変な性癖に目覚めなければいいが……。

 画面にもう一度視線を落として、あ、と呟く。


「どうしたの?」


 廻に声を掛けられ、何でもない、と首を振った。


 背景に見知った顔があったのだ。


 もう一度見せてもらい、頭を抱える。


 カヤの父親が若い女性と手を繋ぎ、ホテルから出ていく場面が映し出されていた。

 

  

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