第16話


 夜七時、ひなたは駅前広場のベンチに腰掛けていた。夕食は済ませている。家族には帰りが遅くなると伝えてあった。


 数分後、廻が姿を現した。ストライプのシャツを羽織り、紺のジーンズを履いている。彼女の私服を見るのは初めてだった。とても似合っていると素直に思う。

 挨拶を交わしながら足を進める。信号に引っかかったところで、廻が口を動かした。


「そういえば、ひなたって部活には入ってないの?」

「中学では陸上部に入ってたけど、高校では帰宅部だよ」

「ひなたなら高校でも運動部に入って、うざい先輩してそうなのにね」

「なんだと。わたし、言うほどうざくないからね?」

「なんで今は陸上していないの?」


 妙に踏み込んでくるな、と思う。

 信号が青に変わり、歩みを進める。足を動かしながら口を開いた。


「……家族が心配だからだよ」

 

 へえ、と廻が目を細める。

 言わなければよかったか、と後悔を覚える。

 ひなたは話を変えることにした。


「馬場凛子って知ってる?」

「馬場? 聞いたことないなぁ」

「廻のことを嫌っているみたいだよ。廻が天童先生を付け狙っていると思い込んでいるみたい」

「へえ」


 どうでもよさそうだった。嫌われるのが当たり前になりすぎて、ピンときていないのかもしれない。


 一体どこに向かっているのか。そう質問しようとした時だった。大声が聞こえ、そちらに視線を向ける。


 柄の悪そうな不良達が、外国人女性を取り囲んでいた。五人ほどいる。太った男が「ふざけんなよ」と口を曲げ、周囲の男達の笑いを誘っていた。


 慌てて周囲に視線を向ける。助けてくれそうな大人は一人もいなかった。


「どうしたの、きょろきょろして?」

「あの女の人が絡まれているから、助けてくれそうな人はいないかなって探してた」

「大丈夫じゃない?」


 廻が能天気なことを言う。


「わたし、ちょっと行ってくるよ」

「目的地はすぐそこだよ。面倒は困るんだけど」

「怖いなら、廻はここにいなよ」


 ゲームセンターで廻に言われたことを真似する。廻は呆れたような表情を浮かべた。


「悪いけど、暴力沙汰になったら警察を呼んで」

「そうはならないと思うけどねえ」


 ひなたは足を動かした。大柄の男に「すみません」と声を掛ける。

 不良達の視線が一斉にこちらを向いた。なんだこのガキは、という目で見つめられる。ひなたは腕の震えを誤魔化すようにして言った。


「やめてあげてください、困ってますよ」

「え?」


 太った男がきょとんとする。それから、口を曲げて言った。


「……うるせえな、あっち行ってろよ」

「行きません。そこの女性がここを離れるまで、わたしはここにいます」


 太った男が仲間達に振り返る。肩を竦めて「変なのに絡まれちまったよ」と笑う。

 ひなたはアイコンタクトを送った。外国人女性が困ったような笑みを返してくる。逃げろ、というメッセージは伝わているんだろうか。不安になる。

 太った男が近づいてきた。


「おい、帰れって言ってんだろ。もう遅い時間だぜ。パパとママを心配させんなよ」

「帰りません」

「おいおい、反抗期か?」

「反抗期はそっちでしょ。いい年して集団で女性に迫るなんてダサすぎるから。絶対モテないでしょ。その体型じゃ無理もないだろうけど」

「な、ぐっ……」


 太った男性が眉尻を上げる。それから拳をぷるぷると震わせた。

 殴られるかもしれない。そう覚悟した次の瞬間だった。


「う、うるせえなー! そんなこと俺にだってわかってんだよ! だから最近はダイエットコーラ飲むようにして、エレベーターじゃなく階段使うようにしてんだ! 努力してるんだよ! それなのに、好きな人に振り向いてもらえねえ俺の気持ち、お前にわかるかよ! 部外者が口を挟んでくるんじゃねえよおお畜生!」


 泣き始める。周囲の男達が笑い始めた。外国人女性も笑っている。

 な、何なんだ……?

 不思議に思っていると、頭をぽんと叩かれた。廻だ。彼女もニヤニヤしている。


「この子、私が言ってた連れね」


 廻の言葉で、その場にいた全員が「なるほど」と頷いた。太った男は服の袖で涙を拭っている。親に叱られた後の子供みたいだ。

 

 自分だけが取り残されたような気分になった。



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