2章 白日の下

第14話


 翌日、朝のホームルーム前にクラスメイトと雑談していたら、「ねえ」と声を掛けられた。振り返ると、廻が立っていた。


「どうしたの?」


 なぜか答えない。周囲の反応を窺うと、皆、困惑の色を浮かべていた。彼女が自発的に声を掛けてくる場面は珍しい。嫌な予感を覚えて当然だった。


「仲間に入れてほしかった?」


 ひなたが笑みを浮かべて訊くと、廻は鬱陶しそうに眉を顰めた。しかしそれは一瞬のことで、すぐに可愛らしい笑みを浮かべた。


「ひなたに来てほしくて」

「なんで?」

「私の連れでしょ」


 連れ? と周囲がざわざわする。


「行ってもいいけど、朝のホームルームには間に合う?」

「心配いらないよ」

「本当? さぼり魔の言うことだから信用ならないんだけど……」

「連れになるのなら私を信用してもらわないと困る」


 少し不貞腐れたような態度で言う。これ以上引っ張ったら、「もういい」と立ち去りそうな気配があったので了承した。廻が先に教室を出ていく。追いかけようとしたら「どゆこと?」とクラスメイトに訊かれ、「連れになったんだ」と返した。皆きょとんとしていたが、説明する時間がもったいなかったので、そそくさと教室を後にした。

 廊下の窓際で顔を突き合わせる。


「で、要件は何?」


 廻は肩を竦めた。


「ひなたって頭悪いよね」

「なんだと」

「連絡先の交換してないじゃん」

「え?」

「不便でしょ」


 なるほど、それで呼び出したわけか。


「教室でよかったんじゃない?」

「ひなたと連絡先交換したって周囲にばれたら恥ずかしいからね」

「その言い方、悪意を感じるんだけど……」


 素直じゃないな、とひなたは思う。人前で仲良くすることに耐えられないだけだろう。

 連絡先を交換すると、廻は冷めた表情で「アイコン、カヤとのツーショットにしてるんだね」と囁いた。


「中学の修学旅行で撮ったやつだよ。いいでしょ?」

「そんなことは聞いてない」

「あっそう」

「ひなたは中学時代と変わっていないね。ちんちくりんのまま」

「二センチ伸びたから!」


 身を乗り出して言う。

 廻は鼻を鳴らすと、きれいな手を伸ばしてきた。頭に手を乗せ、撫でてくる。


「ん? 抵抗しないの?」

「抵抗したら無茶苦茶してくるでしょ。頭撫でるのは許すことにしたんだ」

「抱き着くのは?」

「私が許可した時だけは許すよ」

「ふうん」


 手が離れていく。

 廻はひなたを見下ろして言った。


「今夜、時間空けといてよ」

「え、夜?」

「私のことをいろいろと教えてあげる。気になってるんでしょ?」

 

 気にならないと言えば嘘になる。

 廻は意味深な笑みを浮かべて教室に戻っていった。その背中を見送り、スマホの画面を見る。廻は初期アイコンを使っていた。


 ――数週間後に、私は人を殺そうと思ってるんだ。


 言葉が脳裏に蘇る。

 頬を軽く叩き、大丈夫、と自分に言い聞かせる。

 おそらく嘘だ。しかし万が一、本当のことを言っていたのだとしたら、全力で止めなければならない。

 頑張るぞ、とひなたは握り拳を固め、教室に戻っていった。

 



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