第12話

「もう帰るね。ばいばい」


 踵を返そうとするので、待って、と引き留める。


「廻が何か悪いことをするつもりなら、わたしはそれを全力で止めるから」


 強気の姿勢で言う。

 廻とは一度だけ出掛けただけの間柄だ。これ以上、深入りする必要はないだろう。その義理もないと思う。しかし、放ってはおけなかった。


「なんでそんな面倒なことを、ひなたがするの?」


 不思議そうに訊いてくる。 

 ひなたは考えをまとめ切れないまま、口火を切った。


「友達だから」


 意外な返しだったからだろう。廻は馬鹿みたいに口を開けた。


「友達がいるのかって訊いた時、廻、わたしのことを友達って言ったでしょ。悪さをしようとしているなら止めるのが友達の義務だと思ってさ」

「本気にしちゃったんだ」

「冗談が通じないタイプだからね。それに、廻って本当は優しいでしょ?」

「……何を言ってるの?」


 真顔で首を傾げる。


「やり方はどうあれいじめられている子を救おうとした。その事実は変わらない。わたしだけだったらたぶん、何もできなかったと思うし」


 情けない気持ちが溢れ出しそうになるが、ぐっと抑え込んだ。


「廻はわたしと違って、真の意味で他者に優しくできる人だと思う。だから、これ以上、間違った道に進んでほしくないんだ」

「私、勝手な願望を押し付けてくる奴が一番嫌いなんだよね」

「ごめん」


 廻は長い髪をかきあげ、ふう、と息をついた。それから、何か妙案を思いついたという表情を浮かべて言った。


「いいよ、やめても」

「え?」

「悪さをやめる、って言ったの。ただし条件がある」


 切れ長の目で見つめられ、ひなたは体を硬直させた。


「私が求めているのは友達じゃない。私が欲しているのは、私を満足させてくれる人」

「満足って……」


 よくわからない。

 廻はこちらの察しの悪さを咎めるような顔をした。


「私を容赦なく階段の上から突き落としてくれるような人間ってこと」

「……わたしが、それになればいいの?」


 廻が頷く。

 やはりよくわからなかった。しかし、廻がよくわからないのは、いつものことだ。

 ひなたは精一杯考え、何とか言葉を口にした。


「廻は、お笑い芸人の相方みたいものを欲しているってことでいいかな?」


 廻はきょとんとした。


「いやほら、廻がボケたらわたしが突っ込むっていう、そういう関係のことを言っているんじゃないかと思ってさ。それならまぁ、できないことはないよ。こう見えてわたし、お笑いには自信あるから」


 冷めた目で見つめられ、間違えたかと思った次の瞬間、廻は、ふふ、と噴き出した。


「あはは、何言ってるの? あはははは!」 


 目に涙を浮かべて笑っている。

 この子、普通の女の子みたいに笑えるんだな……。

 廻は涙を拭ってから「あー、面白かった」と呟く。


「久々だよ、こんなに笑ったの……」

「それはよかった」

「でも、ひなたはどっちかというと天然ボケだよね。突っ込みではないかな」

「え、わたしがボケ? ないない、ありえない。どう考えても廻の失礼ボケでしょ。わたしは平場で重宝される突っ込みタイプだよ。司会者タイプでもあるかな?」

「あははははは!」


 いやここ笑うところちゃうやろ。手を叩いて笑うなよ。

 廻は笑いを引っ込めてから咳払いした。ふう、と息をつく。


「で、私と関係を持ってくれるの?」

「結局よくわかってないんだけど……関係って何?」

「一緒にいようよ、ってこと。相棒とか、相方とか、恋人とか、好きなふうに捉えてくれていいよ」

「最後のは明らかにおかしくない? 友達でいいじゃん」

「友達はいらない」

「あっそう」


 ひなたは廻の顔を見つめた

 この長身女が一筋縄では行かないことは、身を持って体験している。

 自分に手綱が握れるだろうか?

 正直、全く自信がない。

 しかし、廻はどうやら、ひなたに関心を抱いてくれているらしい。それは間違いないことだった。


 自分は泥沼に向かって直進しているのかもしれない。

 他人が見たら馬鹿だな、と思うだろう。

 でも、とひなたは考える。


 廻の中にある善良な部分を信じたい。そう思っている自分の気持ちに嘘はつけなかった。


「いいよ、連れになろう」

「へえ、連れかぁ。いい表現だね」

「握手でも交わす?」

「私はハグがいいな。ぎゅっと抱き合おうよ」

「それはヤダ」

「なんで?」

「大蛇に絞め殺される獲物みたいになりそうだから」

「ひどいなぁ……。そんなことないよ。ほら」


 次の瞬間、廻に素早く抱き着かれ、「あうっ」と声を発してしまった。

 

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