第11話
金曜の放課後。ひなたは自分の席で、廻に声を掛けるタイミングを見計らっていた。どうしても聞かなければいけないことがあったからだ。
廻が鞄を持って教室を出る。慌てて追いかけると、廊下を右に折れていくところだった。後をつけていくと、廻が階段の踊り場で待ち構えていてどきりとする。
「何か用?」
「……ちょっとだけ話したいことがあってさ。いい?」
「別にいいけど」
二人で空き教室に移動する。
机と椅子が廊下側に積み上げられていた。
「で、要件は?」
至近距離から見下ろされる。相変わらずの威圧感だ。
ひなたは呼吸を落ち着かせて言った。
「不良中学生達のその後を調べてみたんだ」
へえ、と廻は興味深そうに呟いた。
ひなたは不良中学生のクラスメイトに接触した。それだけではなく、いじめをしていた女子にも話を聞いた。
「未だに被害に遭っているみたいだよ。深夜に電話を掛けられたり、親の職場に嫌がらせされたりしているみたい」
「そっか」
「女の子、かなりやつれてた。もうどうにかしてほしいって言ってた。金髪の男の子は不登校になっていて、あの長身の男の子の両親はこの件が原因で離婚することになったんだってさ。皆、いろいろと大変みたいだよ」
「へえ」
「どうでもよさそうだね」
ひなたが声を硬くすると、廻は肩を竦めて微笑んだ。
「質問していい? ひなたは何であの連中に寄り添おうとしているの? 自業自得だと思うんだけど」
「もちろん、彼らのやったことは正当化できない。でも、こういうリンチも許されないんじゃないかな」
「リンチしているのは私達じゃなくてネットの連中でしょ? ひなたが責任を感じて動き回るのは変に思えるんだけど」
「この流れを作ったのは廻でしょ」
「え? 私? 私に責任を押し付けるつもり?」
「偶然じゃなかったとしたら」
ひなたは声を張って言った。
「廻が炎上するように誘導していたとしたら、どうかな?」
廻は目を瞬かせた。それからすぐに「へえ」と余裕を感じさせる笑みを浮かべた。
「根拠は?」
「根拠は三つある。まず一つ目――話し合いの場を立体駐車場の脇にしたこと。あそこには監視カメラがなかった。人気がないところで話し合いをしたかったとしても、すぐに人を呼べる場所とかカメラがある場所にしといた方がよかったはず。こっちは年上だけど向こうは五人もいたわけだからね。暴力沙汰になる可能性を考えたら、あんな場所で話し合いは絶対に避けるべきだった。なのに、わざわざあの場所を選んで、『ここにはカメラがない』と伝えた。なぜか? 暴力沙汰に誘導したかったからだよ。そして、それを協力者に撮影させたかった。違う?」
「私と撮影者が通じていたと言いたいんだ。面白い推測だけど無理筋に聞こえるなぁ。あの場所を選んだのは何となくだよ。あと、運動神経いいから暴力を振るわれても何とかなると思ったんだ」
「根拠の二つ目は殴るように誘導して本当に殴らせたこと。あれだけ喧嘩慣れしていたなら最後まで殴られないようにできたはず。それなのに煽って自分を殴らせた。あの時は何をしているんだ、って思ったけど、今なら意図がわかる。完全な被害者だと思ってもらうために殴らせたんだね」
「それは否定しないけど、協力者に盗撮させたって話には繋がらないよね」
「殴っていいよ、って小声で煽ったでしょ。至近距離にいる人間にだけ聞こえるように言っていた。自分達に向けられているカメラを意識していたからだよ。音声を拾ったら編集が面倒になる。それと、殴らせて彼らを悪者にする作戦なら、監視カメラのあるところでやった方がよかったと思うけど、そうしていないのは、廻にとって都合の悪い部分まで映ってしまう可能性があったから。自分の仲間が撮影してくれたものなら、あとでいくらでも編集して都合よくネットに流せる。あとから監視カメラの映像が出て矛盾が生じたら台無しになるから、あの場所を選んで殴らせたんでしょ?」
廻は黙ってひなたを見つめた。
「根拠の三つ目は加工された映像。映像は廻が攻撃されているところから始まっている。その前の会話は撮影されていない、もしくはカットされている。それと、中学生達の顔は全部映っているのに、わたし達の顔にはモザイクが掛けられていた。わたし達に都合のいい切り取られ方をされている」
「撮影者の勝手な判断でしょ」
「一つ一つは根拠として脆弱だと思うよ。でも、三つを合わせたら、説得力はそれなりに高まると思う。わたしが中学生達に接触したのは、廻に対しての疑念を晴らすためだったんだ」
「疑いを黒にするためでしょ? 白にするため、なんて嘘はやめなよ」
冷めた目で言われる。
ひなたは真っ直ぐ見つめ返した。
「ねえ、お願いだから本当のことを言ってよ。廻の口から真実を聞きたいんだ」
切実さを乗せて言う。
廻は薄い笑みを浮かべて口を動かした。
「結局、白黒はっきりさせることができなくて、私の口を割らせようって魂胆ね」
ひなたは肩を落とした。なぜここまで捻くれた解釈をするのだろう。
確かに、証拠は見つけられなかった。
しかし、ひなたはすでに確信している。
あの映像は廻が撮らせ、ネットに流すよう指示したものであると。
「仮にひなたの言うことが全て事実だとして、ひなたはどうしたいの? 私にSNSで謝罪でもさせるつもり?」
「わからない」
廻は呆れの色を浮かべた。
「わからないって……。じゃあ、この会話に意味はないね。時間の無駄じゃん」
「そうは思わない。真実はわかっていた方がいいから」
「関係者には言わないの?」
「いじめや喧嘩の問題は、すでにわたし達の手から離れて遠くに行ってしまっている。今更わたし達が介入しても事態を悪化させるだけだよ」
「それなのに知りたいんだ」
「自分が関わった事だからね。知っておきたいと思うのは普通のことでしょ」
「意味のないことをしてると思わないんだ。ひなたって愚か者?」
「愚かではあると思うよ。でも、それがわたしだから仕方ない」
開き直って言う。
今更、廻を告発するつもりはなかった。今度は廻がネットリンチに遭い、最悪、退学させられてしまう恐れがあるからだ。そんなことは望んでいなかった。
ひなたは首のチョーカーに手を伸ばした。触れた途端、息苦しさを覚える。
いったい何が正解で、何が間違っているのか。
姉に問いかけても、答えは返ってこなかった。
廻が距離を詰めてくる。
「苦しそうな顔してるけど大丈夫?」
「問題ないから気にしないで」
「ひなたが苦しんでいる顔って凄く可愛いよね」
「ありがとう、気が楽になったよ」
皮肉を返すと、廻は頬を上気させた。
「更に苦しめたら、ひなたは私のことを嫌いになってくるかな?」
「もう嫌っているかもしれないけどね」
「ううん。ひなたは私のことを嫌っていない。むしろ好意を抱いている」
ひなたは息を呑んだ。
廻が膝を曲げて視線を合わせてくる。
「ひなたは、人を嫌いになれない。そうでしょ?」
「……わかったふうなことを言わないでよ」
動揺を悟られないように言い返す。
「ひなたに本気で憎まれたら楽しいだろうなぁ……。想像するだけで顔がにやけちゃうよ」
「なにそれ。性格終わってるんじゃない?」
くすくすと笑い、顔を近づけてくる。耳元で囁かれた。
「数週間後に、私は人を殺そうと思ってるんだ」
え、と喉を震わせる。聞き間違いかと思った。
顔が離れていく。廻は膝を伸ばして、ひなたを見下ろしていた。冷め切った表情をしている。
「本気なの?」
何が、と首を傾げる。なかったことにするつもりらしい。
ひなたは先ほどの言葉を脳内で反芻した。
いつもの冗談か、それとも本気か……。
グレーだな、とひなたは思う。自分はまだ、廻のことを何一つ掴めていない。判断材料が足りなかった。
廻の心の中を知りたい――ひなたは強くそう思った。
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