第7話
事情聴取されて七時前には解放された。空は薄暗くなっている。もう少しで完全に日が沈みそうだった。
「警察沙汰にしなくてよかったの?」
ひなたが訊くと、廻は肩を竦めた。
「可哀想だったからね」
警察を呼ぶという話になったところで、廻はそれを制止した。手心を加えたのか、警察を介入させることで自分の罪まで暴かれるのを恐れたのか、単純に面倒だったのか。もしかしたら、貸しを作ることで、まみのことをこれ以上いじめるな、と釘を刺したかったのかもしれない。どれもありそうで、どれもなさそうだった。
廻の横顔を見ると、青紫色に腫れていた。
「絶対病院行きなよ」
「見た目ほど酷くないから大丈夫だよ」
「見た目が酷いから行ったほうがいいって言ってるの」
「酷いこと言うなぁ」
ショックだよ、と泣く素振りを見せる。
ひなたは自転車の鍵を解錠しながら訊いた。
「財布、一回取ったんでしょ?」
廻は何も言わず首を傾げた。
しらばくれる気のようだ。こうなったら本当のことは言わないだろう。
廻は鞄の中を探って手を抜いた。カヤの三色ボールペンが握られている。こちらに差し出してきた。
「あげるよ」
「返す、の間違いじゃない?」
「私のだからね」
ペンを見つめながら、もしかして、と口にする。
「わたしが疑ったから意地悪で自分のモノって主張しただけで、本当は最初から返す気でいたんじゃないの?」
廻は何も言わなかった。興味深そうにひなたを観察している。
「拾った時は、誰のものかわからなかったから、ひとまず筆箱の中に入れておいた。そうでしょ?」
話しているうちに、そうに違いない、と思えてきた。
廻はヤバい女だ。しかし、人のために行動できる人間でもあるのではないか。一連の行動を振り返ると、自殺しそうになっていた中学生のために一肌脱いだ、と捉えることができる。ただ露悪的に振舞っているだけで、本当はいい奴なんじゃないだろうか?
廻は前髪を弄りながら言った。
「一年前に拾ったって言ってるじゃん」
「嘘つき」
ひなたはペンを受け取って鞄に入れた。自転車を引っ張る。廻の横に並んで口を開いた。
「あの子、これからどうなるんだろうね」
さあ、とつれない返事をされる。
「あの子のこと、心配なんでしょ?」
「ひなたって性善説の人?」
「そういうつもりはないけど、灰崎さんはそうだと思ったから」
「この件で、あの子が救われると思う?」
「……わからない」
「だね。私もわからない。でも、面白いことにはなると思うな」
「面白いこと?」
聞き返すが、廻は何も答えなかった。自転車に乗り、ショッピングモールから離れていく。商店街の半ばで、「私、こっちだから」と言われる。
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
廻の背中が消えてから、ひなたは息をついた。
廻との関係はこれで終わりか……。
離れられてほっとする気持ちと、もっと話してみたかったな、という考えが去来する。不思議だった。中学生達と揉めた直後は、二度と話したくないと思っていたのに。
ペンを素直に返されたからだろうか。捨てられた子猫を不良が拾っているのを見る現象に近いかもしれない。最初の好感度が低すぎるから、ちょっとしたことで印象が爆上がりするのだ。
ひなたは自転車の方向を変え、帰路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます