第6話


 立体駐車場の裏で顔を突き合わせる。人影はなかった。


「ここには監視カメラがないから伸び伸び話せそうだね」


 廻は周囲を見回して微笑んだ。


 女子達が「怠いわー」「帰っていいかな?」「マフィン食べに行こうよ」と話している。男子二人は怖い顔をしていた。


「返せよ」


 身長の男子が言う。


「返せって言われても私は持ってないからな~」


 廻がひなたの方を向いて「ね?」と口を動かす。


「返した方がいいと思う」

「ひなたまで私を疑うんだ。悲しいなー」


 しくしく、と泣く動作をする。どれだけ煽るつもりなのか。

 廻は完全に笑みを消してから口を動かした。


「まみってクラスメイトのことをパシリに使ってるんだって?」


 中学生達がハッとした顔をする。

 金髪の男子が眉尻を上げた。


「お前、まみの何なんだよ」

「恋人」

「……え、マジで?」


 嘘、と人を馬鹿にしたような表情で言う。


「私達、まみって子が死のうとしているところを見て止めたんだ。あなた達にされたことが原因で死のうとしていたみたいだよ。どう思う?」

「べっつにー」


 女子の一人が面倒そうに言った。自分の爪を眺めている。


「死んでないんでしょ? 死ぬつもりなんてなかったんだよ」

「かまってちゃんってやつだ」

「うわ、メンヘラじゃん。マジやべー」


 軽い調子で笑い合っている。ひなたは不快感を覚えて口を開いた。


「笑えるようなことじゃないからね。人の命が掛かってるんだよ」


 怒りのあまり声が上擦った。

 女子達が白けた表情を浮かべる。


「うぜえ」

「何このチビ? 偉そうでムカつくんですけど」

「お人形さん抱きしめながら言うことかよ」


 長身の男子が鼻で笑った。


「ぶっちゃけ、あいつが自殺しようと俺はどうでもいいね。勝手に死ねよ、って感じだ」


 廻は拍手をした。


「いいね。清々しい屑だ」

「あ?」


 男子達の苛立ちが頂点に達したのだろう。てめえ殺すぞ、と声を張り上げる。大声を出せば威圧できると思ったのだろう。しかし廻には通用しなかったらしく、変わらずニヤニヤとしていた。


「……あれ?」


 不思議そうに小首を傾げる。


「殺すぞ、って今言ってたよね。殺さないの?」


 男子達の顔色が変わった。金髪の男子が表情を消して足を前に踏み出す。

 暴力を振るうつもりだ。

 ひなたは二人の間に割って入ろうとした。しかし廻に「大丈夫だから」と囁かれ、動きを止めた。


 男子が拳を持ち上げたところで、廻がダンスを踊るかのような動きで間合いに入り、足を引っ掛けた。男子が前方に倒れる。顔面から地面に着地した。


 あ……が……、と呻くような声が聞こえる。


「大丈夫? 手を貸そうか?」


 男子に近づいて手を差し出す。

 なんださっきの動きは……。ひなたは我が目を疑った。


 金髪の男子は地面に手を突き、自力で立ち上がった。口から血を流している。なぜ自分が転んだのか、理解できていないような顔をしていた。

 もう一人の長身の男子が殴り掛かっていった。廻はそれを簡単に避ける。フットワークが段違いだ。廻は長身男子の攻撃を避け続けた。子供と大人のじゃれ合いにしか見えない。


「いいよ、殴らせてあげる」


 廻が小声で言う。至近距離にいる人間にしか聞こえない声量だ。男子が目に怒りを浮かべて拳を振り上げた。思い切り頬を殴る。


 あ、とひなたは声を漏らした。


 ――ついに当たった……。


 廻はよろめいて壁に背中をつけた。男子が追撃する。最初に転んだ男子はすでに我に返っているようで「もうやめとこうぜ」と言っている。しかし、長身の男子はアドレナリンが出ているのか、殴るのをやめなかった。


 ひなたはぬいぐるみを地面に置き、二人のもとに駆け寄った。


「やめてよ!」


 制止するが止まらない。目の前で殴られ続けている。

 いてもたってもいられず、男子にしがみついた。


「やめろ!」

「うるせえ、離れろ」


 髪を掴まれ引き剥がされた。そのまま地面に倒される。痛みと無力さに涙が出てくる。ぼやけた視界の隅で、廻がこちらを見ていた。大きく目を見開いている。ひなたの行動に驚いているらしい。


 男子が改めて廻を殴ろうとした、その時だった。


「何をしているんだ!」


 大声が聞こえた。

 警備員らしき男性二人と、スーツを着た男性が立っていた。どうやら誰かが見かねて通報してくれたらしい。

 女子達が「やば……」「うちらもまずい感じ?」と囁き合っている。


「あ、違うから」


 金髪の男子が慌てた様子で言った。


「こいつらに財布を盗まれたんだ。確認してくれ」


 警備員が疑わしそうな表情を浮かべる。

 廻は頬に手をやりながら「言いがかりだよ」と口にした。


「人を疑う前に、ポケットを確認したらどう?」

「もうしてる」

「念のため、もう一回」


 長身の男子は溜息をつき、ポケットの中を探った。次の瞬間、え、と蚊の鳴くような声を発した。みるみる顔から色が失われていく。


「あるんだね?」


 警備員の男性が険しい相貌で訊く。


「あ、いや、そんなはずは……さっきまではなかったんですよ。そこの女が財布を取って……え?」

「事務所に来てもらいます」


 長身男子は肩を落とした。

 全員で歩き出した瞬間、廻がこちらを見て、「ね?」と囁いた。ひなたは何と返していいか一瞬だけ迷い、「黙ってて」と囁いた。

 おそらく殴られている最中、彼のポケットに財布を戻したのだろう。


「ほんと、何者なの……?」


 ひなたは口の中で呟いた。

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