第5話


 自転車をゲームセンター脇の駐輪場に停め、周囲を見回す。平日だが人はそれなりにいるようだった。


 今からすることを考えるとやや気が重く感じられた。勢いでついてきたが、問題に介入することで事態をややこしくしてしまうかもしれないからだ。


「いじめ、か……」


 小学生の時の記憶が蘇る。

 友達がいじめられているのを見かねて助けたことで、いじめのターゲットにされたことがあった。上履きを隠され、ノートに「死ね」と落書きされた。ひなたは必死に抵抗したが、連中の攻撃はエスカレートして、防戦一方となってしまった。

 そんな時、落書きされたノートを姉の七緒に見つかり事情を話すことになった。


「よく頑張ったわね」


 七緒はひなたを抱きしめた。


「誇りに思うわ。もう頑張らなくていいのよ」


 姉の行動は早かった。親や教師に働きかけ、いじめの鎮静化をはかってくれた。いじめっこ達に謝られ、ひなたは以前のような生活を取り戻すことができたのだ。


 ――お姉ちゃんみたいに上手くやれればいいけど、わたしには難しいだろうなぁ。だけど、自分なりに全力は尽くそう。


「何を固まってるの?」


 気づいたら廻が至近距離に立っていた。身長差があり、見下される形になる。


「ひょっとして怖気づいちゃった? ここで待ってようか?」

「そんなことないって。早く済ませよう」


 二人並んで自動ドアを抜けると、けたたましい電子音が耳をつんざいた。


 ここに来る前にSNSでいじめっ子達の顔は確認している。

 歩いていると、音ゲーの背後でたむろしている中学生達を見つけた。

 彼らだ。音ゲーをプレイしている人間の背後で、動きを真似して笑っている。見るからに感じの悪い連中だった。


「どう声を掛けようね」


 横を向くと、誰も立っていなかった。慌てて周囲を見回すと、廻はUFOキャッチャーの前にいた。百円を投入してアームを動かしている。苛立ちを抑えながら横に並んだ。


 熊のぬいぐるみの体を挟み、上手く持ち上げて穴の上まで移動させていく。アームが開き、熊が穴の中に吸い込まれていった。


 廻が取り出して、「はい」とこちらに差し出してくる。


「小さい女の子はだいたいこういうの好きでしょ? あげるよ」

「子供扱いしないで」


 押し付けようとしてくるので、ぐっと押し返した。


「嫌いなの?」

「そういうわけじゃない。ただ、ペンを盗んじゃうような人からは物を受け取りたくないだけ。熊のぬいぐるみはかわいいと思うよ」


 へえ、と廻は薄い笑みを浮かべた。


「ひなたってやっぱり面白いよね」

「今の流れに面白い要素あった?」

「じゃあこれ、捨てちゃおうか」


 ゴミ箱の方に足を進めていく。ひなたは慌てて進行方向を塞いだ。


「捨てることないって」

「私が取ったものなんだから、好きにしていいでしょ?」

「モラルに反するよ。トイストーリー見てないの? というか、よくぬいぐるみを捨てられるね」

「荷物になるから」


 邪魔だと言いたいのだろう。

 ひなたは溜息をついた。財布を取り出して五百円を差し出す。


「これで買い取らせてよ」


 廻は興味深そうに五百円玉を見つめてから、無言で受け取り、ポケットに入れた。熊のぬいぐるみを渡してくる。ひなたはそれを抱きかかえた。


「大切にしてね」


 言われなくてもそうするつもりだ。

 ぬいぐるみを抱えたまま本題に入る。


「中学生達にどう声を掛けるつもりなの? 声を掛けるのって、意外とハードル高いでしょ」

「そうなの?」


 廻はピンときていないようで不思議そうに首を傾げた。


「ただ声を掛けて静かなところに移ってもらえばいいだけじゃん。簡単だよ」

「素直に従ってくれるとは思えないけどね」

「不安なら、ひなたはここにいればいいよ。私一人で連れ出すから」


 こちらの返答も聞かず足を進めていく。追いかけようとしたら「すみません」と声を掛けられた。男性店員だ。親御さんはどこかな、と訊かれ、「わたし、高校二年生ですけど……」と話した。しかし信じてもらえず、学生証を取り出すはめになった。


「あ、本当に高校生でしたか。失礼しました」


 男性店員が撤退していく。

 高校の制服を着ていても駄目なのか、とげんなりする。ぬいぐるみを抱きかかえていたから、いつもより子供っぽく見られてしまったのだろう。


 廻の方に視線を向けると、中学生達と話し込んでいた。長身の中学生男子が、眉尻上げて廻を睨みつけている。


 揉めてるみたいだなぁ……。

 近づくと、口論が聞こえてきた。


「だから、なんで外に出なきゃならねえんだよ。お前、頭おかしいんじゃねえの?」

「お姉さんの言うことは聞いといた方がいいと思うけどなぁ」

「なんで見ず知らずの女の言うことを聞かなきゃならない?」

「だって、お金って大事じゃん」

「はぁ?」


 長身の中学生男子が肩を竦めて笑う。周囲の中学生たちも「わけわかんなーい」「何なん、こいつ」「やべえやつじゃん」「通報しようよ」と嘲笑する。


「ポケットの中、確認してみなよ」

「は? 手品でもすんのか?」


 中学生男子がポケットを探る。次の瞬間、表情を険しくさせた。


「……お前……」

「ん?」

「さっき体に触れた時に財布盗みやがったな!」

 

 廻を睨みつけながら「返せ!」と声を尖らせる。


「えーっと、返せって言われてもねぇ……。何のことだかわからないよ。一緒に探してあげようか?」

「このデカ女が……」

「ひとまず外に出て探そうか。それっぽいものを見た気がするんだ」


 返してほしければ外に来い、と言っているのだ。

 廻が振り返り、ウィンクする。

 とんでもない女だな、とひなたは戦慄した。

 

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