第2話
山に囲まれた坂道をひなたとカヤは並んで歩いていた。どちらも自転車を押している。五月上旬の空は青く澄んでいた。
近くのカーブミラーを見ると、自分の姿が映っていた。
髪は肩に掛かる程度の長さで、前髪は横一線に切り揃えられている。身長は一四五で、高校二年にしては低めである。
首には黒いチョーカーをつけている。姉からプレゼントされたもので、お風呂の時と寝る時以外はつけるようにしていた。
「ごめんね……私のせいで……」
カヤが泣きそうな顔で言う。彼女はロングの黒髪に発育のいい体つきをしていた。身長は一六〇くらいか。垂れ目の下に泣きぼくろがついていた。
「ちょっとデートするだけでいいんだから楽なもんだよ」
ひなたは軽い調子で言った。
市内のバスターミナルで合流する予定だが、そもそも現れないのではないかと思う。
考えを伝えると、カヤは首を捻った。
「そうかなぁ……」
「デートなんて本気じゃないだろうからね。一応行くけど、いなかったら少しだけ待ってすぐに帰るつもりだよ」
「ペンのことならいいのに……」
「また同じことが繰り返されて被害者が増えるかもしれない。それを止めたいんだ」
坂道を下りると、田んぼで仕事をしていた年配の女性達に「ひなたちゃん、おかえりねえ」と声を掛けられた。はい、と笑顔で答え、お仕事頑張ってください、と伝える。彼女らに見送られながら、田畑に挟まれた長い一本道を進んでいった。
「相変わらず人気者だね」
カヤが嬉しそうに微笑む。
高校一年の冬、ひなたは振り込め詐欺を未然に防ぎ、警察から表彰された。その様子がテレビで報道され、地元の人間に顔が知られるようになったのだ。
「知名度があると困ったことが多いけどね」
「え、そうなの?」
「知らない人に声かけられまくってビビる」
背後から車の走行音が聴こえ、振り返る。見覚えのあるワゴン車が近づいてきていた。ひなた達の真横で停止して窓が開く。
「よう」
担任教師の
二枚目俳優のような容姿をしていて、彼を好きだと公言している女子は多い。
ひなたも彼には好印象を抱いていた。わかりやすい授業をしてくれるからだ。
カヤを見る。案の定、顔を顰めていた。天童に苦手意識を持っているのだ。
「気をつけて帰るんだぞ」
「先生こそ気をつけて帰ってくださいね」
手に視線を向けると、銀色の指輪がはまっていた。今年の二月に結婚したらしい。
「先生、今日は帰るの早いですね」
「家族がトラブルに巻き込まれてな」
手を挙げてから車を発進させる。あっという間に小さくなっていった。
カヤが溜息をつく。
「そんなに苦手なの?」
「う、うん……。なんか、ちょっとね……」
相性が悪いのだろう。
再び歩き出したところで、廻の顔が脳裏に浮かんだ。
彼女に苦手意識を持っている生徒は多かった。ひなたもその一人だ。
人から嫌われるような言動をすることに、はたしてどんな意味があるのだろう。自分を不利にするだけではないか。ひょっとしたら、何か特別な事情でもあるんだろうか?
そこまで考え、やめよう、とひなたは心の中で呟いた。
人の気持ちを見通すことなんてできないのだから考えても無意味だ。
カヤと別れて閑散とした商店街を進み、バスターミナルで足を止めた。
廻の姿はなかった。自転車を停め、どうしたものかなと考える。四時半を少し回ったところだった。
「もう帰ろうかな……」
「こら」
いきなり後ろから抱き着かれ、心臓が跳び跳ねた。
「ちょ、な、なに!?」
「あはは」
廻の笑い声が響いた。体格差が激しいので、いくら抵抗しても引きはがせなかった。柔らかい部分が後頭部に当たってどぎまぎする。抱き着く力が増していった。
「ちょ、やめてよ!」
下半身をまさぐられる。動物とスキンシップする子供のような容赦のなさだった。
ひなたは抵抗をやめた。
「……か、下半身だけはやめてよぉ……」
ぱっと解放され、地面に倒れそうになった。何とか踏み止まり、ゆっくりと振り返る。
「……どういうつもり?」
「スキンシップ」
悪びれた様子もなく言う。口元はにやついているが、目は冷め切っていた。
「遊びの範疇を超えてると思う。普通に逮捕されても文句言えないからね」
「なら通報してみる?」
スマホを取り出して反応を見る。廻はニヤニヤ笑いを浮かべたままだった。
ひなたは溜息をついた。スマホを鞄にしまい口を動かす。
「次にやったら通報するから」
「優しいね。イエローカードで済ませてくれるんだ」
「二枚でレッドカードだからね」
「ちっちゃい子を見ると、つい抱きつきたくなるんだよ。我慢できないかも」
「変態なの?」
ジトッとした目で睨みつける。
来なければよかったな、と後悔した。
「それじゃあ、行こうか」
「どこ行くの?」
「山」
廻は飄々とした口調で言った。
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