変化

「…」


休日、俺は鏡とにらめっこをしていた。


「…思い切って切ってみるか」


鏡の中に映る俺は髪が鼻先にかかるほど伸びていた。海純に真剣に思いを告げて綺麗に振られた俺はどこか吹っ切れていた。


そのせいもあってか今まで周りの目が気になってその目から逃れるために伸ばしていた前髪を切る事にした。


少し高いが美容院を予約しておいた。もうすぐ時間だ。行こう。


そしてついたのは俺が入ることで雰囲気が崩れてしまうんじゃないかと思うほどオシャレな美容院だった。


お、おいおい…こんなにオシャレだったか?


写真で見た時もオシャレだったがここまでだとは思っていなかった。どうしよう。なかなか入る決心がつかず美容院の周りを少しの間行ったり来たりしていた。


周囲の人達はそんな俺をどこか怪しげな目で見ていた。こ、これ以上は不味い…そろそろ通報されかねない。そう思った俺は決心を固めて美容院の扉を開けた。気分は敵の陣地に単独で向かう戦士のようだった。


「あ、あのー…」


俺が蚊の鳴くような声でそう言うと近くにいた女性の店員らしき人に声をかけられた。


「どうかされましか?」


「えと、予約していた伽誌御なんですが…」


何とかそう言うと女性店員は口を開いた。


「あぁ、ご予約されたお客様ですね。ではこちらにどうぞ」


そう言われて俺はカット台へと案内された。その間、キョロキョロと辺りを見渡してみたがやはりとんでもないオシャレ空間だ。今日は精一杯オシャレな格好で来たつもりだがこの空間の中では霧のように消えてしまう。


「今日はどのような髪型に?」


「そう、ですね…実は今日は自分を変えたいと思ってここに来たんです」


俺は自分の意思を再確認するようにそう言う。


「そうだったんですね」


そんな俺の独白にも似た言葉に女性店員は何も言わずに聞いてくれる。


「なのでしたい髪型なんて言うのは正直ないんです。ただ変わるために何かしたいと思ったんです。きっとこう言われることが一番困ると思うんですが…おまかせでお願いしてもいいですか?」


「えぇ、任せてください。きっと変えてみせます」


そんな心強い言葉と共に女性店員はハサミを取り出した。


数十分後、俺は目をまん丸にしていた。鏡に映っている自分がまるで知らない人のように思えたからだ。目が見えなかったほど長かった前髪は眉毛にかかるかかからないか程の高さで切られており、サイドは刈り上げられている。眉毛も整えられておりキリッとしている。鏡に映っているどこか爽やかさを醸し出している好青年は紛れもなく俺自身だった。


「す、すごい…」


そんな言葉しか出てこなかった。正直自分がここまで変わるとは思っていなかった。


「どうでしょうか。お気に召しましたでしょうか?」


まだ驚きが収まっていなかった俺の後ろから女性店員がそう聞いてきた。


「え、えぇ…予想以上に…正直ここまで変わるとは思いませんでした…」


俺は思った通りのことを口にした。


「…頑張ってください」


女性店員は軽くはにかみながらそう言ってくれた。


「…ありがとうございました」


俺も軽く笑顔でそう返した。


変わる。俺は今日から変わるんだ。それは外見だけじゃない。今までの弱い俺とは今日でサヨナラだ。



あとがき


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