カーマインよ、虹を呼べ

弟夕 写行

カーマインよ、虹を呼べ

その昔、レインメーカーと呼ばれた、チャールズ・ハットフィールドという男がいた。

彼は100年以上前に人工降雨を実現させたというのだ。



自転車修理工を営むルーニー・カーマインはそんな男に憧れた。

そして自宅を改築して手製の実験場を作ると、何やら毎夜実験に勤しむようになった。



そうして3年後、1967年のフィラデルフィア万博、そこへ彼は新品のトレンチコートと真緑のハンチング帽で着飾り、やけに重たそうなトートバッグを持って、いつも買うタバコの5倍高い葉巻を吸いながら意気揚々と往来を突っ切るように通りのど真ん中を足取り軽く歩いて現れた。


観客や従業員たちはそんなカーマインに視線を向ける。

大抵のものは奇異な視線だった。

しかし、カーマインは一抹もそれに引け目を感じることもなく十字路に辿り着くと、複雑なオルゴールという様なガラス箱をバッグから取り出し、ニコニコと笑い、そのギアとタイプライター風の打鍵ボタンを操作してゆく。

すると次の瞬間、箱の空いた部分から虹が空へとするする狼煙のごとく天高く昇り始めた。

これにはギャラリーも驚きや興奮など、多々の感情を抱いておっかなびっくりしつつも近付いてくる。


この日を境に、冴えない自転車修理工という姿は鳴りを潜め、カーマインは独自の機械「マシン・イリス」を操る興行師レインボーメーカーとして各地で名を馳せるようになる。




それから1年も経たず、彼に異議を唱える人間が現れた。その名はガイ・エグバルノー、著名な物理学者で擬似科学の有名な摘発者であった。


エグバルノーは「マシン・イリス」の正体をホログラム発生器と断じて、カーマインを詐欺師として審問にかけんとするキャンペーンを行った。

彼の虹の興行は廃れてきていた見世物小屋の主たちから反感を買っていたため、彼らはキャンペーンに飛びつき、すぐさま彼へ拝金主義の詐欺師というレッテルを貼ってみせたのだった。



そしてエバグルノーの科学審問が始まると、彼はその豊富な知識で彼を幾度となく糾弾した。しかして常にカーマインはどこ吹く風という体であった。


そうして平行線の議論が続く中、ある日突然、カーマインが最適な方法があると言い出した。

それは発生させた虹を渡るというものであった。

これに怒りが頂点へと達したエバグルノーはついぞ言葉でなく拳を借りてしまっていた。


額から流れた血を拭き、ハンチング帽を被り直すと、彼は怒り散らすエバグルノーを横目に気球で100mのところに登る。


「拝啓、今は亡きハットフィールド氏。そして、皆さん。それではご機嫌よう。」


そう言って手を振ると、彼はいつも通り機械を操作するとそのままそれを手にスタスタ、近くのバス停までの散歩のごとく緊張感の無いままに虹の上で足を進め、そうして雲の狭間に消えていった。




これ以来、カーマインという男を誰も知らない。彼の残したものはただ1人の高名な物理学者の破滅だけであった。

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