第11話 同じ寝室

 綾さんとの電話を終えた後もしばらくの間、由奈はムスッとしたままだったが、夕飯を食べたら機嫌を戻してくれた。

 とはいえ、大変なのはこれからだろうな。

 俺は由奈と綾さんの両方から言い寄られるってことだよね?

 俺の心臓は耐えきれるのだろうか。


 一般的な視点で考えると、人気女優二人に好かれるという誰もが羨む状況であることは分かっているのだが、実際にはかなり大変だと思う。

 まだ、二人がどういう行動を起こすのかは分かっていないが、不安しかない。


「もう元気になった?」

「うん、ありがと」

「あの、一つだけ聞いてもいい?」

「うん、何?」


 俺は二人の会話を聞いていて気になったことがあったので直接聞いてみることにした。


「由奈と綾さんは仲が悪いわけではない?」

「普段は普通に仲良いよ。唯一の女優の友達って言えるくらいにはね」

「それなら良かった。さっき電話で会話してるとき、ピリピリしてる雰囲気だったから」

「心配かけてごめんね。友達でも夕貴は渡したくないと思って少し熱くなっちゃっただけだから大丈夫」

「そ、そっか……。それならいいんだけどさ」


 どうやら由奈と綾さんは仲が悪いというわけではないようだ。むしろ、普段は仲が良いらしい。

 それを聞いて、少し安堵した。


 たしかに、お互いに『ちゃん』を付けて呼び合っているのだから仲が悪いわけないか。普段の二人を知らないため、実は仲が悪いのではないかと思ってしまっていたが、そういうことではないらしい。


「私、頑張るから!」

「お、おう」


 由奈は突然俺に宣言してきた。

 由奈の言う「頑張る」って、俺と付き合えるように頑張るって意味だよね。

 そう考えてしまった途端、俺は恥ずかしくなってしまい、耳まで赤くなってしまう。


 とりあえず今日は早めに寝たほうがいいかもしれない。


「……ん?」


 ここで俺はあることに気が付いた。

 いや、気が付いたというより、思い出したというべきか。


 俺と由奈は今日から同じ寝室になったんだった……。


 今日は結構疲れたから早めに寝ようと思ったが、寝れるかどうか心配になってきた。

 まあ、疲れたと言っても精神的にだけど。


「由奈、今日は何時頃に寝る予定?」

「んー、今日は色々あって疲れたからもうすぐ寝たいかなぁ」

「そう、だよね」

「夕貴も疲れた?」

「まあ、ちょっとね」

「じゃあ、一緒に寝ようね」

「えっ、あー、そうだな」


 由奈も疲れているらしく、すぐに寝るようだ。

 結局一緒に寝ることになってしまったか。


 これからもずっと寝室は一緒なんだから、緊張していても仕方ないか。

 きっと、そのうち慣れるだろう。

 そうであってほしい。


 ♢


 俺と由奈はその後、風呂も済ませたり、寝る前の準備を終えてからベッドに入った。

 同じベッドではないとはいえ、翔也のせい、というか計らいで俺と由奈のベッドはくっつけられているので、実質同じベッドで寝るようなものだ。


「ふふっ、やっぱり隣に夕貴がいると安心する。少し緊張するけどね」

「そうだな。今日からは寝るときも一緒だな」

「幼馴染の特権だよね」


 由奈は横になりながら俺の顔をずっと見つめながら話してくる。

 由奈と同じように、俺も一緒にいると安心はできる。でも、やはり心臓の音がうるさくなってしまう。


 だが、由奈も緊張してくれているのは意外だったし、少し嬉しい。

 俺だけ緊張してしまっていると思っていたから。


「少しだけ手、握ってもいい?」

「えっ?」


 由奈は突然俺の手を握りたいと言ってきた。

 そんなことを言われるとは思っていなかった俺は頭が混乱してしまいそうになった。

 恐らく、由奈は疲れと眠気のせいで少しふわふわした気分になっているのだろう。


 俺が断る理由は何もないので、俺は手を差し出す。


「はい」

「んふっ、ありがと」

「これでいいの?」

「うん、これがいい。夕貴の手、暖かくてすぐ寝ちゃいそう」


 由奈は俺の手を自分の頬に触れさせる。


「寝ていいよ」

「そうだね、じゃあ、寝ようかな」

「うん、おやすみ」

「おやすみ」


 由奈は俺の手を握ったまますぐに眠りについた。よほど疲れていたのだろう。

 ん?

 由奈は俺の手を握ったまま寝てしまったということは俺もこのままの状態で寝ないといけないってことなのでは?!


「ま、いいか」


 幸せそうな表情で寝ている由奈を見たら、俺の手くらい握らせておいてもいいか、と思い、そのままの状態で寝ることにした。

 由奈が幸せそうならそれでいいんだ。



 その日、俺は結局あまり寝ることが出来ず、少しばかり寝不足になってしまった。

 きっと、由奈と一緒に寝ることも慣れてくるはずなので、それまでは頑張ろう。


 俺は、心の中でそう呟いた。


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