第3話 久しぶりの学校
――翌日の朝。
俺と由奈は軽く朝食を済ませてから、学校へ行くための準備を行った。
由奈は久しぶりの学校ということになるけど、緊張とかしたりしないのだろうか。
「由奈は緊張してないの?」
「なんで?」
「だって、学校に行くの久しぶりでしょ? 普通なら緊張するんじゃないかな」
「あー、確かにそうだけど、仕事の方が緊張するからね」
よく考えてみればそうか。
久しぶりに学校に行く緊張よりもドラマや映画の撮影の方が何倍も緊張するよな。
由奈は緊張どころかいつも以上に楽しそうだ。
「夕貴、早く行こっ」
「そうだね、行こうか」
俺たちは家を出て学校へと向かい始めた。
今日は隣に由奈がいる。そう考えるだけで、今日一日が楽しくなりそうでワクワクしている。
♢
学校に着くと、由奈はテレビ上の水瀬由奈になった。
どういう事かと言うと、由奈は気を許した相手の前でしか素の自分を見せないのだ。
なので、今の由奈はテレビ番組に出演しているときと同じようなローテンションな由奈になっている。だが、学校のみんなは素の由奈を知らないため、由奈は普段もこのようにローテンションだと思っている者が多いだろう。
そんな考えをしながら歩いていると、いつの間にか教室にたどり着いていた。
俺と由奈は同じクラスだ。高校入学したばかりの頃、同じクラスだと知ったときの由奈の喜びようは本当に凄かった。ずっと飛び跳ねてた記憶がある。
「私が前に登校したときと席は同じだよね?」
「うん、同じだよ。俺たちの担任はあまり席替えをしたがらない先生みたいでさ。多分面倒くさいだけなんだけど」
「私はその方が良いな。席替えしないってことはずっと夕貴の隣ってことでしょ?」
「たしかにそうなるね」
そう。俺と由奈は同じクラスな上に、席も隣同士なのだ。ここまで偶然が重なることってあるのか、と思うことはあるが、由奈が嬉しそうなのでそれで良いんだとも思う。
これからはほぼ毎日、一緒に登校出来るのは嬉しいのだが、なんとも周りの視線が痛い。みんな俺たちが教室に入ってきてからずっと俺たちのことを見ている。まあ、彼らからしたら大人気女優の水瀬由奈がいるのだから、仕方のないことか。
それだけ注目される存在に由奈はなったということなのだから。
「なんかみんな私たちのこと見てない?」
由奈は不思議そうな表情で俺に尋ねる。
「俺たち、というより由奈を見てるんだと思うよ。有名人だからね」
「あっ、そういうことだったのね」
「由奈のことを知らない人はいないだろうしな」
「そうかな?」
「うん、絶対そうだよ」
俺と由奈が話していると、一人の男子生徒が俺の前の席に座り、こちらを向く。
「よっ、おはよ夕貴」
「お、翔也か。おはよう」
その男子生徒は、
俺が高校に入学してから一番仲良くなったやつだ。まだ親友と呼ぶには知り合ってからの日数が短すぎるので、今は、『親友になりそうなやつ』だ。
翔也は、運動が得意でサッカー部に所属しているスポーツマンだ。よく俺のことをサッカー部に誘ってくれるのが、俺は由奈といる時間の方が大事なので毎回断っている。
それでも、俺と仲良くしてくれるので本当に良いやつなのだ。学校でも男女問わず人気があるだろう。
「そこにいるのは、由奈さん、でいいんだよな?」
「あ、はい」
「俺は、夕貴の友達をやらしてもらってる吉岡翔也だ。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
そうか。
由奈は翔也と話すのはこれが初めてなのか。
由奈は仕事で忙しくてあまり学校に通えていなかったが、まったく通えていないわけではない。だから、てっきり翔也とも話したことがあるものだと思っていた。
今は翔也に対して素を出せていなさそうだが、こればかりは仕方ないのだ。決して由奈は不機嫌と言うわけではないのだ。
「あ、もうすぐ時間だな。俺は自分の席に戻るよ」
「おう、また後でな」
翔也は白い歯を見せた爽やかな笑顔を見せながら自分の席へと帰っていった。
俺の前の席は翔也の席ではなくまだ登校してきていない生徒の席なのだ。翔也は俺と話すためにそこに座っていたのだろう。
まあ、翔也ほどの人望があれば誰も文句は言わないだろうし、大丈夫だろう。
隣を見てみると、由奈が表情一つ変えずに綺麗な姿勢で座っている。いや、少しむすっとしている気がする。何か怒るようなことをしてしまったのだろうか。
「あのー、由奈?」
「……何」
これは完全に怒ってるな。
「怒ってる?」
「別に」
「悪いことしたなら謝るからさ、機嫌直してよ」
「……いや、ただ夕貴は私以外にも仲良い人がいるんだと思ったらちょっと悲しくなっちゃって。私がいるのに……って思っちゃって」
あれ?
もしかして、由奈が怒っている理由って、俺が由奈以外の人と仲良くしてたからってこと?
つまり、嫉妬ってこと?
嫉妬してくれたのか。
こんなこと言ったら、余計に怒ってしまいそうだけど、正直嬉しい。とはいえ、ここは機嫌を直すためにも謝ろう。
「心配させちゃってごめんな。でも、俺が一番仲良いのは由奈だから安心して」
「本当?」
「うん、本当だよ。それに翔也は俺たち二人の時間を奪ったりするような人じゃないから大丈夫だよ」
「そう、だよね」
「それに、翔也は由奈とも仲良くしたそうだったよ」
由奈は何かを決心したような顔つきになった。
「今度話しかけられたらもう少しちゃんと話してみるね。でも、夕貴の一番の座は譲らないよっ」
「誰も奪わないから大丈夫」
由奈は次、翔也に話しかけられたら、ちゃんと話してみるという決心をしたようだった。
珍しいな。今までも由奈と仲良くなりたい人は山ほどいたが男女関係なく由奈がちゃんと会話を交わしたことは無かった。
今回は、翔也が俺の友達だから、由奈も少しはちゃんと話そうと思ってくれたのかもしれないな。それと、由奈が俺の一番の座は譲らないと言うように、俺も由奈の一番の座は譲らないよ。
それが友達である翔也でもだ。
そんなことをしているうちに朝礼開始の合図であるチャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってきたのだった。
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