マニック・マンデー 9

 タクミの腕が前へ突き出される。まるでゾンビかキョンシーか。しかも、その手は鉤爪のような形に——

「急降下する猛禽みたいな手はダメぇっ!」

 本気で怯えるアムへ、もぞっもぞっと近寄り、ベッドに片膝を着いて、更に前進。

「腕はこっち」

 アムがタクミの腕をとり、優しく自分の肩の上へと運ぼうとしたとき、

 ハッとなったタクミはもう随分とアムに迫っていることに気づいて驚愕した。

 意識が飛んでいた。

 アムの首を挟むように伸ばされた自分の腕を、どうしていいかわからず、わからないままもっと近づきたいとにじり寄ろうとして、体勢が崩れた。

 視界は奪われている。真っ暗な——いや、真っ赤な色の上に黒を乗せたような色味の中、激しい鼓動とごーっという血の流れる音だけが聞こえている。そして、柔らかいクッションに包まれていた。

「ギュッてしていい、とはいったけど、押し倒していいとはいってないよ……」

 終わった、とタクミは暗闇の中で血の流れが逆流する音を確かに聞いた。

 が、アムの声は優しかった。ぽんぽん、と軽く頭を叩かれ、小さい頃はこういう風にされたな、と現実逃避しそうになった。

 い匂いがする。

 柔らかい。

「……!」

 タクミはビクッと戦慄おののいた。アムの手が、感動パンツのクロッチ部分をさわさわと撫でている。途端に、鼓動よりすこし遅れるようにしてついていく、脈動するものが、その少し下にあることを思い出させた。

 呼吸が上がる。上ずる。息を吹きかけてはいけないという十戒を思い出し、頭を上げようとするがアムの手がやんわりと押し止める。

「吹きかけるのはダメだけど、吐息が漏れるのはしようがない。安心して……」

 母性を感じる声に、ああ、このまま委ねてしまっていいんだ、とタクミは安心し、同時にアムは小さく声にならない声を上げた。色っぽくもあったが、それは重みに押されて出た空気の悪戯だったろう。

「……大丈夫?」とタクミが小声で問うと、その振動がくすぐったいのか、アムが身をよじるのが感じられた。

「そっちこそ大丈夫?」

「え……」

 他に誰も聞く者すらいないはずなのに、アムの声は囁くように、

「もぞもぞしてるけど、もっと下のほう、さわさわしてほしい……?」

 タクミが答えるより先に、腰に回されていたアムの手がふたりの間に滑り込んだ。ふたりとも喉の奥を鳴らした。

「なんかゾクゾクするね……」

 腰を浮かせたタクミは、もっと佳い匂いを嗅ぎたいと思いながら節制し、けれどゆっくりと頭を動かしながらやわらかい物体がひしゃげる感触を楽しみ、そしてさらに硬くなっていった。

 手のひら全体でゆっくりとその部分を撫でられている。限界は近い。近いけれど、もっとこのまま、こうしていたい——。

「せっかくのナースなのに、きちんと見れなくてごめん……」

「そうね、タッキーのも見てないし」

「何回でもできるっていったけど、出なくなりそうなぐらい全部出ちゃいそうだ」

「……我慢しちゃダメっていったでしょ……」

「せっかく買ったパンツ、汚してしまいそうだ……」

「ふふ。ほんとは制服にかけてもらおうかと思ってたんだけど……」

「かけたかった……」

「我慢しなくていいのよ」

 必死で喋るのも、ここまでが限界だった。アムの手の動きは、変わらずゆっくりともどかしいほどに優しい。その優しさがゆっくりと積もり、タクミのタクミが最後の煌めきのごとき硬さを誇った。

「そのまま、中で出して……」


(感動パンツの)中でイッてしまった。


     *


 一緒にシャワー浴びる? というアムの問いかけにあわあわしてると冗談よ、と背中を押された。

「タッキー、先に入っちゃいな、ぬるぬるして気持ち悪いでしょ?」

「冷たくて、ぬるぬるでスライムがいるみたい……」

「すけべスライムは定番ね! じゃあ、替えの下着用意しておくから」

「え?」

「こんなこともあろうかと!」

 指を立て、ドヤ顔のアム。

「パンツ……トランクスだけど大丈夫よね?」

「あ、いや」

 きょとんとするナース姿の長身の彼女(ただしネット上だけ)に、タクミは笑った。

「……ねえ、また会える?」

「また?」

 少しムッとした様子で腕を組むアム。まるでいうことを聞かない患者を前にしたような圧があった。

「どうせタッキー、ろくに大学いってないんでしょ? リベンジは、明日!」

「明日ァ⁉︎」

「次の制服は、もう決まってるの。さあ、シャワー浴びてきなさい! 今日はお茶しながら感想戦やっておしまい!」

(感想戦ってなんだ……?)

 頭の上にクエスチョンマークを漂わせながら、タクミはシャワールームへと入った。


 1st BATTLE, No Conquest!

 to be continued→

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