第56話 ギルド対抗賞金トーナメント 其ノ伍
「ウェブのやつ、マジで全員殺る気だぞ」
ヒナウェーブの活躍を目の当たりにした俺は興奮気味に立ち上がってそう言った。
別に、期待していなかった訳ではない。むしろ、期待しかしていなかったのだが、想像以上だったのだ。
「まあ、私が耳打ちしておいたから当然でしょ」
ソファーに寝っ転がりながら、呑気に観戦していたウキワが全てを見通していたかのように口を挟む。相変わらず、生意気な奴だ。
「でも、鍛え上げたのは俺だからな。勘違いすんなよ」
「だから何? 自分の手柄にでもしたい訳?」
「別に、そんなのはどうだっていい。俺はただ賞金が欲しいだけだからな」
「あっそ」
まるで、なんの前触れもなく落とし穴に突き落とされたのような豹変ぶりだが、俺はもう慣れてしまっている。
故に、気にすることもないのだが「俺なんかしたっけ」と無意識に考えてしまうのが最近の悩みだ。
そんな中、ウキワは軽快な動きで体を起こすと、気だるな動きでギルドルームの売店まで足を運ぶ。
すると、手元に大量のお菓子を抱えて戻ってきた。
「で、さっきの続きだけど、もし私がこの大会でわざと負けて、次に出場するあんたも負けたらどうする」
いきなり何を言ってるんだこいつはと思いながらも、質問を瞬時に噛み砕いて、答える。
「もちろんその時は、お前のせいにするだろうな」
「自分のせいにはしないんだ」
ウキワは買ってきたばかりのスティック状のお菓子をポリポリと食べながらそう言った。
「なんてったってわざとだからな。当然のことだろ」
「え、それ本気で言ってるの」
「ああ、本気だ」
「ふーん、そうなんだ。私なら自分のせいにするけどなぁ」
ウキワがこの問いを投げかけたのには何か理由があるはずだと疑っているが、必死に思考を巡らせても、考えが読めない。
なにかの比喩表現だろうか――。
「全く話が見えてこないんだが。結局何が言いたいんだよ」
「まあ、もうじき分かるよ」
ウキワがそう告げると、ヴァリーレバレットに勝ったはずのヒナウェーブがギルドルームに姿を現した。
「ごめん、負けちゃった」
「えっ、あっ、ああ……お疲れ……」
ウキワの口車に乗せられ、全くモニターを見ていなかった俺は思わず挙動不審になる。
「あれ、どうしたの?」
「いや、その……よく頑張ったなって」
「ん?」
ヒナウェーブの表情をみるに、何が起きていたのかよく分かっていないようだ。
「まあまあ、とりあえず座って休んでよ」
「え……うん」
ウキワは満面の笑みを浮かべながらヒナウェーブの肩に腕を回すと、近くの椅子に無理やり座らせた。
「さて、ヒナちゃんの仇は討たせてもらうよ」
そう言ってウキワは軽い準備体操を始める。
「お前、絶対にわざと負けんじゃねぇぞ」
「何それ。フリ?」
「んなわけねぇだろ」
「ふーん」
ウキワの性格は重々承知している。故に、わざと負けるような真似はこの大舞台でするはずがない。しかし、もし仮に何かしらの目的があって、それを達成するためだとしたら、有り得なくもない。
となれば、さっきの話は――いや、考えるだけ無駄だ。
宇木野来葉の作り上げた世界に踊らされている以上、正解を導き出すことは不可能に近いからな。
「それで、虹色サンバイザーと戦ってみてどうだった?」
ウキワはヒナウェーブに首を傾けながら問う。
「あの考察で間違いないと思う。けど、効果は一種類だけじゃない。だから、気おつけて」
「分かった、じゃあ殺ってくる」
ウキワはそれだけ言い残すと、会場に転移されたのだった。
「なるほど、そっちで手を組んでたって事か」
「まーね。でもそんな大したことじゃないよ?」
「だったら俺にも教えてもらおうか。そのコソコソ話って奴を」
「いいよ全然。別に隠すことでもないしね」
こうして、ヒナウェーブはウキワが大量に購入したお菓子を物色しながら語り出す。
「うちがキユウとヴァリーレバレットに勝ったら、ガエンにわざと負けてくれっていう契約を結んでた。ただそれだけだよ」
「は?」
あまりにも意味不明すぎて、俺は思わず頭を抱える。
「ふふっ、まあそんな反応になっちゃうよね。その話を持ちかけられた時、うちもよく分からかった。でも、ここに戻ってきてようやく理解出来たよ。ウキワちゃんはやっぱ規格外だって」
「本当に、ガエンとの戦いでわざと負けたのか?」
「いや、そんな訳ないでしょ。うちの試合ちゃんと見てたの?」
「あっ、そうっすね……」
なんとなく、ヒナウェーブもウキワに似てきたような気がしてならないが、それはともかく――ウキワの言っていた例え話がたった今、よく分かったような気がした。
「ウキちゃんは何もかも見通してた。相手の選出も、勝敗も全部。だから、うちがここで負けるのも知ってたんだよ」
「確かに、アイツは天才だもんな」
「いや、それは違う。多分、あの子は天才じゃなくて努力家だよ」
「努力家か……」
俺はウキワをなんでもこなせるただの天才だと思っていた。天才だからこそ、ウキワには遠く及ばない。今までそう自分に言い聞かせてきた。
しかし、本当はそうじゃない。ウキワが天才なのは、影に隠れて努力してきたからこそ集まった結晶なのだ。
「うちは、あの隣には立てない。でも、ルアくんなら隣どころか一歩先へ進むことが出来ると思う。そのくらいのポテンシャルは持ってるよ」
「いや、どう考えても持ち上げすぎだろ」
「だったら三番手にしないと思うけど?」
「あーもういいよその話は。とにかく今は応援しようぜ」
俺はいつの間にか逆立ちした時のように血が上っていた。
これが照れと言うやつなのだろうか――。
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