第54話 ギルド対抗賞金トーナメント其の参

 広大な砂漠に転移したヒナウェーブは、大きな岩を見つけると、その影に身を潜める。


 そして、インベントリからスナイパーライフルを取り出し、姿勢を低くしながら周りを見渡した。


「どこにいる……」


 この『砂漠』というフィールドは、障害物がほぼ存在しない。その為、キユウをいとも簡単に見つけられると思っていた。


 しかし、スコープを覗きながら、360度見渡しても、キユウの姿は一向に見えてこない。


 5分、10分、刻一刻と時間が経過していく中で、ヒナウェーブはあることに気づく。


「まさか、時間切れを狙って……」


 砂漠には障害物がほとんど存在しない。故に、遠距離攻撃が可能なヒナウェーブは近接戦闘型のキユウに対して有利に動くことができるのだ。


 だが、その有利不利を無に帰す方法が一つだけある。それは、敢えて決着をつけないという方法だ。


 この勝負には三十分の制限時間が設けられている。制限時間が過ぎれば、フィールドは消え、元の闘技場でサドンデスを行うことになる。


 もしかしたら、キユウがそれを狙っているかも知れないとヒナウェーブは判断したのだ。


「相手がその気なら、こっちから仕掛けてやる」


 ヒナウェーブは芋るのを辞め、スナイパーを構えながら走り出す。


 すると、数分も経たずに腕を組んで佇んでいた鬼を発見した。間違いなくキユウである。


「こんな近くにいたなんてね……」


 ヒナウェーブは、背中側に回り込み、持っているバフスキルを全て使用した後、キユウの頭に標準を合わせる。


「フラッシュバースト【煌】」


 引き金を引くと同時に、バフを最大限詰め込んだ弾丸は、稲光に包み込まれる。そのまま、電光石火でキユウの頭に到達すると、大きな爆発を起こした。


 宙に漂う砂埃が風によって流される。だが、キユウの姿は見当たらない。


 もし勝利したのならサドンデスと同じようにフィールドが消え、次のプレイヤーが現れるとルールブックに載っていた。


 ヒナウェーブが嫌な予感を感じたその時。


「……貰ったァァァァァ!」


 背後から、キユウの力の入った声がのしかかる。


「なっ……!」


 何とか回避を試みようとするが、間に合うはずもなく、キユウの渾身の一振によってヒナウェーブの体は粉砕された。


「ふん、大したこと無かったようだな」


 鬼が勝利を確信し狂気な笑みを浮かべた次の瞬間、銃弾がキユウの頭を横切った。


「……チッ!」


 弾が飛んできた方向に視線を向けると、ヒナウェーブが、リロードを挟みながらゆっくりと近づいてきていた。


「鬼影流脚」


 ヒナウェーブの姿を捉えた瞬間、迷うことなくスキルを発動したキユウは、一歩踏み出す毎に加速し、距離を詰めに行く。


 直線的ではなく、回り込むようにして迫ってくるキユウに対して、ヒナウェーブが打ち込み続ける弾は牽制目的とはいえ、当たる気がしなかった。


「スピードブーストより、速い……」


 鬼影流脚は、自身のHPの一割を消費する代わりに自身のスピードを一定期間増加させるというスキルである。


 文章だけ見れば、スピードブーストの下位互換ではあるが、異なる点は持続時間と速さだ。


 スピードブーストは、持続時間が長い分、速さはそこそことなっている。対して、鬼影流脚は持続時間が短い代わりに、凄まじい加速力を生み出しているのだ。


「なら、うちも乗っからせてもらうよ」


 ヒナウェーブは牽制を辞めると、ウィンドウで変遷空砲エアリスキャノンを選択し、スナイパーの引き金を背中側から引く。


 キユウから遠ざかれば遠ざかるほど、鬼影流脚の効果時間を少しでも稼ぐことができる。しかし、ヒナウェーブは、自ら攻めに行ったのだ。


「……漢気あんじゃねぇか」


 純粋にこの戦いを楽しんでいたキユウは、向かってくるヒナウェーブを称えると、一直線上に動き出す。


 そして、凄まじい速度を維持しながら、ヒナウェーブの目の前までたどり着くと、武器である棍棒を振るった。


 だが、ヒナウェーブには当たらない。正面衝突する直前、スライディングを選択したからである。彼女は、

 足を狙っていたのだ。


 しかしながら、キユウの反射神経は抜群だった。銃が足にかかる直前に、砂に手を付き一転して回避したのである。


「ふーん、やるじゃん」


「舐めやがって、潰してやる」


 キユウの職業JOB『鬼人』は、バウンティ・クロニクルの中でもTOPクラスの攻撃力を持つ。


 その為、職業JOB的にもキユウの筋力的にも単純な武器の殴り合いではいとも簡単に簡単に懐に入られてしまう。


 過去にキユウと戦った時は、見事に作戦がハマったが、今回は通用しないと悟った。変遷空砲エアリスキャノンを使ったせいで、警戒されているのだ。


「どうした、例のは使わないのか?」


 キユウの煽りを受けながらも、ヒナウェーブは独自に磨きあげられた攻撃を駆使して、ひたすら仕掛け続ける。


 しかし、洗礼された自己流の体術は全て受け流されてしまう。スピードアップを表す青いエフェクトが消えたからなのか、先程まで好戦的だったキユウは防御に徹していた。


「なら、これはどうかな」


 MP(魔力)の回復を待っていたヒナウェーブは、変遷空砲エアリスキャノンを継続時間が切れる直前で使用し、キユウの頭上を飛び越える。


 そして、流れるように空中でリロードを挟むと、スキルを詠唱した。


「煌乱弾雨【烈】」


 弾丸に集約された光は、キユウに向かって放たれると、雨のように分裂して次々と爆発して行く。その一発一発の威力はフラッシュバーストをゆうに超えていた。


「どうだ……」


 鮮やかな着地を決めたヒナウェーブは、荒れた砂煙を眺める。その中にキユウの姿が無ければ、勝利は確実だが、そう簡単に上手くいくはずもなかった。


 砂埃のモザイクが剥がれると、キユウの周りには金色の結界が貼られていたのだ。


「ふん、残念だったなぁ。俺はこのときを待ちわびてたんだぜ」


 結界が剥がれ、鬼面で突っ込んでくるキユウの気迫に、ヒナウェーブはただならぬ恐怖を感じていた。


 その『恐怖』の根源は、『鬼面』や『気迫』の部分では無い。


 キユウに攻撃力アップを表す赤いオーラが纏っていることと、「煌乱弾雨【烈】」を使用したせいで、MP(魔力)がほとんど残っていないからである。


「お前の攻撃力は貰った。今から倍返しにしてやるよ」


 ――このままじゃ、まずい。


 リロードして置いた一発の銃弾は見事に外れ、一旦立て直そうとしたその時、ヒナウェーブの頭の中にルアと練習試合をしていた時の会話が浮かんだ。


(想定外を想定しなければ勝てない……か)


 この大会では、スキルを七つまで使用することが出来る。そして、使用するスキルは最初の調整タイムで選ぶという決まりがある。


 つまり、想定外のスキルが最低でも七つあるということだ。


 キユウはヒナウェーブが繰り出した想定外の攻撃を想定外で返した。 しかし、今のヒナウェーブに想定外を繰り出すスキルを使うことは出来ない。


 なら……その想定外とやらを自分で生み出せばいい。


「残念、勝負はうちが貰った!」


 ヒナウェーブは、銃を捨て、両手の砂をがっしりと取る。そして、棍棒による攻撃を交わした瞬間、キユウの顔面に砂を投げつけた。


「てめぇ、良くも!」


 キユウは、左手で目を抑えながら棍棒をがむしゃらに振る。だが、ヒナウェーブは既にキユウの背後に回っていた。


「……痺れな!」


 ヒナウェーブは、視界が塞がれたキユウの肘をスナイパーで殴り、痺れを誘発させる。


「またこれかよ……」


 キユウが目を開けた頃には、ヒナウェーブの銃口が額に当てられていた。


「あなたの敗因は準備不足だった。違う?」


「別にデコイの育成をサボってたわけじゃねぇ。戦略的だったんだよ」


「ああ、そう。でも、いい勝負だった。ありがとう」


「クソが」


 ヒナウェーブが引き金を引くと、フィールドは闘技場に戻り、因縁の相手であるキユウに勝利を収めたのだった。

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