第48話 敵を欺くなら味方から

 ――遡ること、15分前。


「ヴァリーレバレット……私と勝負しましょう」


 ギルドリーダーであるウキワなの借りを返すために、ヒナウェーブは戦いを申し出る。


「え、ヤダ。だってヒナちゃんはうちの仲間だもん!」


「私は兎に興味があっただけで、別にあなたと協力関係になった気は無いんだけど……」


「ぬ゛う……うぅ、グスン」


 レバレットはいきなり涙目になり、その場で泣き出した。


(ちょっと言い過ぎちゃったかな……)


 レバレットが害悪ギルドと評される鬼怒哀楽のメンバーである事は周知の事実。しかし、見た目が可愛くないという理由で、ウキワを倒したという現実がある。


 けれども、心の底では純粋で根は良い子なのかもしれないと思った。彼女のセンスを褒めた時の無邪気な笑顔が忘れられないのだ。


 複雑な気持ちが混合するなかで、ヒナウェーブは数秒の沈黙の後とある行動にでる。


「じゃ、じゃあ……フレンドにならない?」


「え、いいの?」


「うん、全然いいよ」


「やったー! やったー!」


 レバレットは、兎のようにその場でぴょんぴょん跳ね、感情と共に喜びを爆発させていた。その様子を見たヒナウェーブは、微笑み唇を綻ばせる。


「今から申請するね」


 武器をインベントリに仕舞い、ウィンドウに目を移す。そして、申請ボタンをタップしようとした瞬間――目の前には殺意を向けた眼光を浴びせるがいた。


 両手携えているのは短剣。その切っ先はヒナウェーブに向けられている。


 ヒナウェーブは全てを理解し、時が止まったような錯覚に陥る。


 ――完全に騙された。


 人間の温情を利用した奇襲。どんな手を使ってでも、殺すことさえ出来ればそれで良いという兎の殺戮者の顔が目に焼き付けられる。


 死の間際に浮かんできたのは「憎悪」という単語のみ。プロゲーマーとして生きてきて、こんな感情を持ったのは初めての事だった。


 たかが、ゲームなのは理解している。ても、この時この瞬間だけは、自分の中に秘められた何かが吹っ切れたような気がしたのだ。


「ニャハハハハハ!」


 なんとも思わなかった高笑いが不快に響く。気がつけばヒナウェーブは、全身切り刻まれウィンドウに映っていたHP0という表記を目にする。


 リスポーンした後、地の果てまで追いかけてぶっ倒してやろうと本気で決意したその時……


「敵を欺くにはまず味方からでしょ……この馬鹿兎が!」


 突如目の前に現れたゲート。そこから勢いよく飛び出してきたのは紫色のオーラを放つウキワだった。彼女はやられてなどいなかったのだ。


 レバレットは言葉を発しようと口を開くが、何も出てこない。それほど困惑していたのだろう。


 兎の殺人鬼は、ウキワの鋭利な鎌によってスパスパと切り裂かれる。レバレットがヒナウェーブに与えたポリゴンの傷なんか比べ物にならないほど、刻み込んだ。多分恨みを百倍にして、返してくれたのだろう。


 レバレットは仰向けになって、どすんと倒れた。目を隠し、悔しそうに唇を強く噛み締めている。


「どう今の気持ちは? あっそうか、死人だから何も言えないか」


 ウキワは息をするかの如く、お得意の煽りを上から浴びせる。それを聞いたレバレットはさらに唇を噛み締める。


 そして、レバレットは、全身ポリゴンになり消滅したのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「そっちはそっちで鬼怒哀楽と戦ってたんかい……」


 ウキワがガエンを撃破した後、鬼怒哀楽のメンバーであるキユウとヴァリーレバレットに襲撃され、戦いを繰り広げていた事を伝えられた。


 回復ポーションをがぶ飲みしながら聞いていたため、最初の方の話はあまり記憶に残っていないと言う事は伏せておこう。


「全然大したこと無かったけどね」


「そんなぶっ壊れスキル使っといてよく言えたな」


冥府の輔翼門アルアポルタ】は発動から二分間、パーティメンバーのHPが0になると対象者をHP1で復活させると同時に、自身を強制的に召喚させるゲートを設置するというスキルである。


 このスキルのやばいところは、自身がやられる前に使用しておくと、発動してから二分間の間、死んだ後でもHPを全回復して復活できるという点だ。


 一度死んだ後、効果が発動されなかった場合、二分間のタイムリミットが過ぎれば普通にリスポーン地点で復活するらしい。


 ウキワはレバレットにやられる直前、その効果がバレないようにウィンドウでスキルをタップした。そのタイミングはヒナウェーブがキユウを倒した瞬間を見計らっていたとの事。


 レバレットが必ずヒナウェーブを倒しに行くだろうと、性格と戦い方を分析して未来を予測していたらしい。


 ウキワがその選択をした理由は明白だ。ルシラスと戦った時のように、舐めプをして煽りを入れるという快感を得るためである。


「俺のチャットに変なスタンプ送り付けてたのは、状況を把握するためのあれか」


「そう。戦ってんだろうなっていう推測ができるし、あんたなら絶対食いつきそうだもんね」


「既読スルー安定だわ」


 俺が復活した時は、ウキワがMPポーションをがぶ飲みしまくって、クールタイムが終わればすぐ使うっていう作業を繰り返してたらしい。つまり、運が良かったってだけだ。


「とりあえず、あんたは後で説教するとして……ヒナちゃんと合流しなきゃね」


「はい、ちゃんと反省します」


 スキルやなんやら使えるものは色々駆使してヒナウェーブと合流した後、俺はインベントリから交易した例のゲートを取り出し、ついに未開の砂漠を脱出したのだった。




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