第20話 仮想と現実

 優雅に湖を泳ぐ黒い影。それは紛れもなくサメだった。体長は、10メートル程だろうか。堅牢堅固のスライムが小さく見える程デカい。


「何が起こっておる」


 博士も部屋から飛び出し、真上を見上げる。


「湖に巨大なサメがいます!」


「なんじゃと……」


 目を丸くして、驚きを隠せない博士。頭のネジがぶっ飛んでない限り、みな同じ反応をするだろう。


「おい……ガラスにヒビが……」


 突如、ギザギザの牙を駆使して、ガラスに噛み付いたり、突進を繰り返すサメ。流石としか言いようがないほどの爆発的な攻撃力だ。


「いかんこのままじゃ、研究所は水没する……上に逃げるんじゃ。ワシに着いてこい」


「いや博士、俺の背中に乗ってください!」


 考えるよりも先に身体が動く。


「ああ、助かるのじゃ」


 俺は、屈んで博士を背中に乗せた。


「こっちじゃ」


 博士の指示に従い、来た方向に少し戻り、右往左往していると一つの扉の前にたどり着いた。

 扉を開けると、部屋になっており鉄製のハシゴが掛かっていた。


「こ、腰が痛てぇ……」


 このゲームで、人を背負ったままハシゴを登るなんて思わなかったな……。というか、初めての経験だ。


「ほらほら、登るスピードが遅くなってるよぉ!」


「ぐぬぬ……」


 HPは減っていないものの、腰と肩がヒリヒリする感覚を見に覚える。クソっ……こんなとこまで再現されてんのかバウクロめ……。


 まあ、俺が脳死で背負ったのが悪いんだけども。


 心の中で嫌味を唱えながら、気合いで登る。すると、頂上にはパカッと開けられそうな取っ手がついていた。それを手にかけ、マンホールのような穴から地上にでる。


「ふぅ……」


 少し一息を入れる。やっぱり、筋トレしなきゃなぁ。


「お疲れルア君♪」


 博士を下ろした後、悪意のある笑顔でヒナウェーブは俺に声をかけた。これは、明らかに煽られている。


「それより、善意のある行動を褒めて欲しいね」


「よし、あのサメ倒すよ」


 と言うとヒナウェーブが足を踏み出す。


「いや、切り替え早。じゃなくて話を聞け!」


 全く……。


 にしても、困ったものだ。水中に潜んでいるサメをどう倒せばいいのか想像がつかない。ましてや俺は泳げないし……ヒナウェーブの遠距離攻撃でなんとかなるとも思えない。


 どうにかこっちのフィールドに引きづり出せないものか――。


「て、作戦は?」


「私が後衛で援護。ルア君は、特攻!」


「んー、あのねぇ……」


 いくらなんでも、脳筋すぎて笑えてくる。まるで、食われてくださいと言われているようなものだ。


「何か言いたげな様子だけど、それしか無くない?」


「は、はい……そっすね」


 急に、心臓の鼓動が加速した。どうやら俺は、緊張しているようだ。狂人でない限り、そうなるのも必然であろう。


 昔、なんとかロードショーで、サメの映画を見たことがある。実際、感情は「怖いなー」くらいで心は何も動かなかった。


 しかし、それが現実になるとどうだろうか。足は竦み、頭は真っ白になることだろう。


 違いは、目の前に死があるかどうか。そこがターニングポイントとなっている。


 今の俺は、その状態に陥っていた。下から見上げた時と、すぐ目の前に目標がいるかどうかの安全か危険かの違いだ。


「よし……行くか」


 ここは仮想空間の世界。死んでも生き返れる。俺は自分自身にそう洗脳し続けた。しかし、これは現実だと脳が錯覚させてくる。


 クソっ――情けねぇ。


 俺は、賞金を取りにバウクロを始めたんだ。こんなところで、萎縮している訳には行かない。それに、ウキワに馬鹿にされそうだしな。


 一歩二歩と湖の方へ足を遊ぶ。その間に、身体が恐怖に支配されているのが、目に見えて分かる。それと同時に、少しの自信が徐々に湧いてくる。


「ゲームは楽しむもんだよなァ!」


 インベントリから刀を取り出して、心の底から叫ぶ。


 ――その瞬間。


 巨大鮫は水面から、姿を現した。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る