第19話 一匹の鮫

「そのサメは不吉じゃ。ワシが研究に研究を重ねた結果、餌を与えずとも生きていることが分かった。じゃから、殺してくれ。それがワシの人生最後の研究じゃ」


ラドリー博士は、声をふるわせてそう言った。恐らく、言い回しからして、自分自身で殺めたくは無いのだろう。


(もしかして、判断に応じて分岐する的なやつか?)


だとしたら、ここは指示に従うのが吉か……


一応ヒナウェーブに確認を――


「どうする……って、何して……」


俺が目にした光景は、電気ショックで、ひっくり返った小鮫に対して銃口を向けていたヒナウェーブだった。


「撃ち抜いて‪いい?」


俺に向けられる真剣な眼差しに頷く。


「そこまで行ったのなら――撃つしかないよなぁ。てか、聞かなくてもそのつもりだろ」


「ふん、分かってんじゃん」


彼女は、ニヤりと微笑む。


――すると、パァンという軽い音と共に、水槽のガラスが割れる。俺は、すぐさま目線をサメに移すと、赤い血が水に徐々に染っていくのが目に見えた。


「さあ、どうだ……?」


数秒身構えるが何も起こらなかった。地面が唸るわけでもなく、研究所が崩壊する訳でもなく、部屋は静寂に包まれている。


「何かボスが出てくるとかそういうのだと思ってたけど……何も起こらないね」


「俺も、そんな感じだと思ってたんだけどなー」


俺とヒナウェーブは知らないうちに意思疎通をしていたようだ。というか、進行役のNPCである博士が殺れと言ったのだからそうするしかない。


「洞窟の落とし穴が、発生しているかどうか直ぐに調べよう」


そう言うと、博士は横にずれて椅子に腰かけ、パソコンをいじる。そして、俺とヒナウェーブは、移動しその画面に見入る。


映っていたのは、先程さまよっていた洞窟の内部だった。


「これは……?」


「探索専用ロボットの映像じゃ。これで落とし穴を誘発させる」


「なるほど、それで確かめるって訳か」


ロボットの前面にはカメラが着いていて、俺らは今その画面を見ているらしい。


右往左往に進み続けるロボットは、止まることを知らなかった。小柄ながら、道行く道を進み続ける車そのものだ。


しばらく映像を監視していると――


「「あっ」」


――地面が消滅した。


俺とヒナウェーブが落っこちた時と同様の現象だった。


ロボットは、真っ逆さまに落ち、地面に墜落。嫌な音と共に、映像が真っ暗になったことから、壊れたのだろうと推測される。


「となると……あのサメは関係なかったということじゃな……」


博士は、顔を顰めた。


「結局、原因はなんだったんだろうね」


「うーん……」


あのサメ、何とも言えない違和感があった。人工物感というか、何かに取り憑かれてるというか――本来のサメの動きではないような気がしたのだ。


ちょっと待てよ……もしあのサメが元々死んでいたのだとしたら、博士の餌を与えていなくても生きていたという発言に説明がつく。


でも、湖の生き物が消えた理由ってなんだ?


あーもうわけわからん!


――そんな中。


「ねぇ、上になんか居ない?」


ヒナウェーブが何かに気づいた様子だった。


「……え……真上は地底湖だったよな……」


確かに耳をすませば、何かが動いている音が聞こえる。しかも、この感じデカいとかいう次元じゃなさそうだ。


「――ッ!」


「ちょ……おい!」


ヒナウェーブは、扉に向かって飛び出す。それに呼応するように俺も後を追う。


「ねぇ……あれ見て……」


扉の前で立ち止まり、上を見上げていたヒナウェーブは頭上を指差し、振り向く。


「これは、まずいことになったな……」


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