第21話 VS毒牙鮫 前編

 水しぶきを上げ、湖から垂直に飛び出したサメは、口を大きく開き、尖った歯を自慢するかの如く、見せびらかす。


 それにしても、巨体すぎる。いや、下から見上げた時に、ある程度のスケールであることは、理解してはいたのだが、目の前で見るのとでは話が違う。


 名前は『毒牙鮫』。レベルは50。HPは……2ゲージ。


 これ……勝てるのか……?


 少し不安になる。


 ――すると、後ろから銃声が聞こえた。


 その弾丸は俺の真横を通過し、サメの胴体に直撃する。しかし、その弾丸は呆気なく弾かれ、湖に落下した。


「なるほど……弾き出されるのね……」


 お試しの銃撃で、HPはたった数ミリ程度しか削れていなかった。現実世界のサメなら、血を吹き出して、致命傷レベルに陥るはずだが、どうやらそうはいかないらしい。


 毒牙鮫は、顔色を変えることなく、ゆっくりと湖の中に避難する。そして、全身が見えなくなると、入れ替わるように小鮫が、湖から飛び跳ね、陸地に上がってくる。


 あの時、ヒナウェーブが殺したやつと同じサイズのサメだ。


「なんだなんだ?」


 次々に湧いてくる小鮫。その光景は、地獄絵図でしか無かった。奴らは、体を捻り、地面をピチピチと移動している。


 道行く先は――。


「まあ、そうなるよな!」


 狙いは、もちろん湖から一番近い位置にいる俺だった。小鮫は、斜め移動を繰り返し、俺に向かって噛みつき攻撃を仕掛ける。


「――遅いッ!」


 軽くいなしつつ、宙を舞うサメに刀を振り下ろす。さすがに一撃では死ななかったものの、地面に這いつくばり、動きが鈍くなる。


 その瞬間をヒナウェーブは狙っていた。


「私は確殺係ってわけね」


 地を這い蹲るサメに焦点を当て、放たれた弾丸は、ヒットし、ポリゴンとなって消滅した。


 それを横目でチラ見しつつ、俺は向かってくるサメを解体し続ける。


 機動力に関しては、スライムウッド等のほうが圧倒的に高い。それに、小さい敵MOBとの戦闘は、スライムのエリアで腐るほどやってきた。そのため、簡単に対応できる。


 ――だがしかし、敵の弾数は無限。そこそこ脆いとはいえ、数的有利を取られ続ける。


 このままでは、壁に追い詰められて、ヒナウェーブと共倒れになるだろう。


 それなら――。


「ほら、こっちに来い!」


 俺は、サメを引き連れて、湖の外周に回り込む。そうすることで、壁に追い詰められることなく、共倒れを回避することが出来る。


 ヒナウェーブは、俺の作戦を察して、射程を縮めるために、湖まで近づいてきていた。どうやら、小鮫は、ヒナウェーブの方に出現していないようだ。


 そのため、スピードブーストは使わずに温存しておく。


 それには、早く移動しすぎて、ヒナウェーブにヘイトが向く可能性を懸念しているからである。


 幾ら、実力があっても、狙撃手スナイパーは、接近戦に向いていないからな。


「それにしても、キリがねぇな……」


 俺が、一匹ずつサメを削り、ヒナウェーブが遠距離からとどめを刺す。


 ――意思疎通による、確立されたムーブは完璧であった。


 しかし、問題は本体の方だ。どうやって倒せばいいのか検討もつかない。


 そして、戦っている最中に思い出したことがある。それは、ステータスポイントを振り忘れたことだ。


「クソっ! 余裕がねぇ!」


 スピードブーストを使えば、その時間は取れる。けど、サメのヘイトがヒナウェーブに行くのはもっとまずい。


「くっ……」


 ここまで、無限に湧いてくる小鮫を、なんとか対処しきれていたものの、死角から飛んできた子鮫の牙が左腕を掠める。


 すると、俺の周りに淡い緑色のエフェクトが発生した。色合い的に、ダメなやつであることは間違い無さそうだ。


「なんだこれ……」


 直ぐにHPを確認すると、20秒のカウントダウンが始まっている。幸い掠めただけで、HPは半分以上残っていた。


「なるほど……毒状態か……」


 毒牙鮫は、本体のことだけだと勝手に思い込んでいたが、現実は違ったようだ。


「てか、これやらかしたな……」


 ――そう、俺は状態異常を直す薬を買っていなかった。


 つまり、生き延びるためには、回復薬を使い続けるしか方法は無い……。


 死ぬか倒すかの狭間に俺はいる。


 とりあえず、落ち着いて、回復薬(小)を取り出し、延命する。


 回復薬は、飲む以外にも、体にかけることで、その機能を果たすことを最近知った。


 何故だか不安ではあったが、実践してみたところ、しっかり回復されたようで内心ホッとする。


「毒の……エフェクト?」


 離れたところで、見ていたヒナウェーブは、俺が状態異常に罹っていることに気づく。


「回復薬からの……って状態異常全然治ってないじゃない!」


 ヒナウェーブは察した。彼が、状態異常を直す回復薬を持っていないことを……。


『これ、受け取って!』


「え?」


 唐突に、脳内から再生されるヒナウェーブの声に、混乱しつつ、彼女の方に視線を向けると、俺に向かって、銃口を向けていた。


 距離は20メートルほど離れている。何かを受け取るには、到底届かない位置だ。一体何をするつもりなのだろうか。


『アイテム伝達、からの装填!』


「なるほど、そういう事か!」


 ヒナウェーブの行動を察知し、身構える。


『ちゃんと、キャッチしてよねっ!』


 ――銃声と共に、銃口から発出された一点の光は、回復薬に実体化して、俺の元へ飛んできた。


 右回りの移動に合わせた、完璧な偏差撃ちである。


「ほっ!」


 それを左手でキャッチし、少しサメとの距離を離しつつ、全身に吹っ掛ける。すると、毒のエフェクトは消滅した。


「治った……それにHPも回復してる」


『それ結構高いんだからね!』


「わかってるって!」


 俺の声が聞こえているのかも分からないまま、再度気を引き締め、子鮫との第二ラウンドに突入する。


 結局、永遠と湧いてくる小鮫を何度たおしても、本体の毒牙鮫は最初以降、一向に現れない。


 このままでは、まずい――。




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