第15話 用意周到

 家に帰り、夕食やら諸々やることを終わらせ、バウクロ公式アプリから、フレンドのヒナウェーブにメールで連絡を入れたところ、すぐ行けるとの連絡が来た。


 前半戦の疲れも仮眠で回復したし、俺も準備万端と言ったところだ。


 ――とその前に。


「ちょっくら調べてみますかねぇ」


 何となくログインする前に、手持ちの携帯でヒナウェーブについて、調べてみることにした。


 すると、彼女が言っていた世界大会のインタビューに応じた時の記事を発見した。


「女子高校生プロゲーマー『西野川陽波にしのかわひなみ』ねぇ。なるほど、だから『ヒナウェーブ』なのか。センスの塊だな」


 気がつけば、記事のQ&Aをひたすら流し見していた。プロゲーマーならではの見解や、練習方法など、自分に活かせそうな内容だったからであろう。ここまで文章に夢中になったのは初めてかもしれない。


「ああ見えて、意外と論理的なんだなぁ」


 アンサーの一個一個がなんとも深い。きっと地頭が良いのだろう。それが強さに現れているという訳――か。


「よし、インプット完了!」


 一通り、記事を見終えたあと、俺は再びバウクロにログインした。


 ◆


「……ん」


 見知らぬ天井に一瞬動揺するも、冷静になって気づく。


「ああ、リスポーン部屋か」


 街の中でログアウトすると、強制的に宿屋のベッドにスポーンするというシステムをすっかり忘れていた。


 ベッドから降り、扉を開けると、白い霧がかったモヤモヤが俺を歓迎する。そして、躊躇なく扉の先を抜けると、【イサルデ】でログアウトした場所に転移された。


 空を見上げると、午前中の綺麗な青空は、闇に侵食され、小さな星々が輝いて見えた。


 というのも、バウクロは、時間軸が現実世界と同期されているからである。


 そのため、ログインする時間帯によって景色が変わるようになっている。


「お、来たね」


 俺のすぐ横にいた、ヒナウェーブが声をかけてくる。


「まあ……とりあえず、ドロップアイテムを売りに行こうか」


「オッケー。私はもう準備できてるから、そのまま着いていくよ」


【イサルデ】の街並みは【シーロ】とは一風変わって、石造りの統一された洞窟住居が多く見られる。まるで、過去にタイムリープしたかのような――不思議な感覚だ。


 街を歩き回り、見つけたショップでインベントリとにらめっこする。


 最初のように全部売っぱらってGに還元することも考えたが、それは辞めておくことにした。


 というのも、車厘ゼリー森林で身をもって知ったからだ。バウクロは――と。


 全てが高水準なバウクロは敢えて、鬼畜仕様にしていると考えられる。まるで、運営にプレイヤースキルを試されているかのような――そんな気がする。


 結果的に、高く売れるものや、使わなそうなアイテムは売って、後で役に立ちそうなものは残すことにした。


「やっぱ、鉄と金はかねになるなぁ」


 ダジャレみたいになってしまったのは、ともかく、「スライムアイアン」を倒すことでドロップする「鉄の延べ棒」と恐らく、車厘ゼリー森林のレアエネミーであろう「スライムゴールド」が落とす「金の延べ棒」は相当な金になった。


 ドロップ率が悪いことも加味すると、レアドロップであることは間違いないだろう。


「合計155000Gか……」


 桁が増え、大金持ちになったかのような気分を味わいつつ、武器欄を見る。


「深淵の牙刃がじん?」


 厨二病心を擽られる名前に、思わず口に出してしまう。


「ああ、その刀には一つ注意点があってだな……」


 男前なNPCが、俺の言葉に反応する。それより、良かった変な語尾じゃなくて……。


【シーロ】にいたNPCはちょっとバグってたのかもしれないな。


「どういうことですか?」


「こいつは、スタンダードの刀と同義の威力だ。しかし、鍛冶屋に行き、対応した素材と組み合わせることで進化を発揮する」


 刀に足生えますとか言われたらどうしようかと身構えていたが、ひとまずほっとした。


「俺の今持ってる刀じゃ合成できないんですか?」


「ああ、無理だ。そいつは壊れないように出来てるからな」


 そりゃそうかと納得した。


 本来なら今すぐにでも使える上位互換の刀を買っておくべきだとは思う。


 けど、他の刀を見る限りほぼ微差な気がしている。そこはプレイスキルと持ち合わせたスキルで補えるとみた。それに、このシステム――わくわくする。


 てなわけで、


「この刀買います!」


「お、毎度ありぃ!」


 その後、回復薬の補充をして、俺はショップを出た。


「悪い、ちょっと遅くなった」


「全然大丈夫。待ち慣れてるし」


「ああ、そう?」


「うん、ほらボーッとしてないでさっさと行くよ」


 こうして深夜の冒険が幕を開けた。

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