第11話 ヒナウェーブ

「もしかして……『AI』で入賞してたルアって人と同一人物の方ですか? 違ってたら申し訳ないんだけど……」


 会話出来る距離まで近寄ってきた直後、彼女はそう言った。


 茶髪のショートヘアーに青いイヤーマフ(?)を身につけている。服装は、黒で統一された動きやすそうな格好だ。


 そんなことより美人すぎる。ウキワ――と比較したくは無いが同じくらいかそれ以上と言っていいほどの美貌だ。


 このゲームは顔をカスタマイズすることが出来ない。最初に全身を読み込み、それがそのまま自分のアバターとして使われている。


 つまり、何が言いたいのかというと彼女はリアルでもこの『顔』をしているというわけで……。


 ちょっと待て、こんな人が賞金付きゲームなんかするわけがない。俺は過去の経験から知っている。賞金付きゲーマーにはろくな奴は居ないと。だからきっと何か裏があるはずだ。ウキワのように性格が終わってるとか……。


「もしかして、人違いでしたか?」


「ああ、いや、間違いなく俺ッスね……」


「へぇーやっぱりそうだったんだ!」


 彼女の頭上には『ヒナウェーブ』と表示されている。


 あれ……


 どこかで見たことがあるような気がする……


「えっと……どちら様でしたっけ?」


 すると、彼女は困惑した表情を見せる。


「ああごめん、先に自己紹介すれば良かったね。『AI』で3位だった『ヒナウェーブ』だよ」


「あ、ああそういえばそんな人もいたっけ……」


 1位のことしか頭になかったせいで完全に記憶から抜け落ちていた。全てはあの悪女のせいだ。うん。俺は悪くない。


「さっきはごめんねー。急に指図しちゃって」


「い、いや……逆にお礼させてくれ。君がいなかったら間違いなく突き落とされてた所だったからな」


「それなら良かった」


 彼女は太陽のような満点の笑みを浮かべた。


「あの……さっきから声が二重に聞こえるんだけど……これ何?」


「ああ、それはねー狙撃手のスキル『指定伝達』ってやつ! スキルを宣言した後、対象のプレイヤーの名前を選択するとその人だけに声が届くようになるの。どのくらいまで届くのかはまともに検証してないから分からないけどね。多分、もうそろそろで効果切れになると思うよ」


「なるほど。そういうことだったのか」


 指定伝達――いろいろ面白い使い方が出来そうだ。例えば、ウキワに指定して叫びまくったりとかな。音量制限されているとはいえかなり頭にくるはずだ。


「で、そのウェブさんは……」


「ちょっと待って、そこはヒナでしょ! そこ取るのおかしくない?」


 ヒナウェーブは俺の話を遮り、疑問形で問いかけてくる。


「えーいいじゃん『ウェブ』で。普通じゃないし」


「どういうこと?」


「そのままの意味だよ。何でもかんでも普通じゃ面白くないと思わない?」


「ま、まあ確かに……」


 半ば無理やり納得させた俺は、話を戻す。


「ウェブさんってβテスターだよね?」


「そうだよ。じゃないと辻褄が合わないからね」


 ギルドに入るには条件がある。1つ目は第二の街【イサルデ】に立ち入ること。2つ目はレベル20以上であること。


 しかし、掲示板に書かれていた情報によると、βテスターに配布されたチケットを使えば、無条件ギルドに入ることが出来るらしい。


 疑っていた訳ではないが、その情報はどうやら本当だったようだ。


「βテスターなのに、まだ始めてなかったなんて意外だな。発売からもう2週間近く経ってるし……なんか用事でもあったのか?」


 俺と同じく『AI』にハマってたのだろうと予想していたが、ヒナウェーブからは衝撃の答えが返ってきた。


「実は……世界大会に行ってたんだよね」


「せ、世界大会!?」


 俺は驚きを隠せなかった。しかし、それと同時に納得した。あの距離でヘッドショットをぶち抜くのは至難の業だからな。流石としか言いようがない。


「うん。『デッドリー・クロスファイア』っていう海外のゲームなんだけど……」


「もちろん知ってる。なんてったって超有名なゲームだからな」


『デッドリー・クロスファイア』はゲーマーなら知る人ぞ知る FPS系のゲームである。


 これもまた賞金付きゲームで、シーズン毎にレートが高い順に賞金が貰えたり、定期的に開催されるオンライン大会でも賞金が貰えたりする。


 ちなみに俺はと言うと全く歯が立たなかった。1か月間、毎日プレイしても、スタート地点は何も変わらない。上手くなるとか以前にセンスがなかったのだ。


 結局俺はこのゲームを引退――じゃなくて保留し、押し入れに投げ入れた記憶がある。


「私は、ソロの枠で招待されてサウジアラビアまで行ったんだよね」


「で、結果はどうだったの?」


「それがさー50人中の23位だったんだよねー。せめて1桁行きたかったなぁ……」


「いや、世界大会に行ってる時点で十分すげぇよ……」


「周りはそう言うけど……私はまだ引きずってるよ。あの時、ああしてれば良かったってね」


 これには首を縦に振り、同調せざるを得なかった。俺もそういう経験は無限にある。でも振り返ったって何も変わらないのが現実だ。それを踏み台にして前に突き進むしかない。


「そういえば賞金は?」


「もちろんあるよ。私は350万だったかな。優勝はたしか……1億だったはず」


「はへー」


 気が動転するほど、何が何だか分からない数字だ。


 これが――世界ってやつか。


 俺は、改めてヒナウェーブの凄さを実感したのだった。


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