第10話 救世主

「さて、どうすっかなあ」


 木の裏でちらちらと様子を伺いながらふと呟く。


 ――作戦はある。


 スピードブーストで突破する。ただそれだけだ。


 しかし、成功するビジョンが見えない。如何せん、吊り橋の幅が狭すぎるからである。人一人分通れるか通れないかくらいの狭さだ。


 スピードブーストを使おうが使わまいがどう足掻いたって掴まれるからの崖に落とされるで即死だろう。


「フウリ、お前の仇は取ってやる」


 結局、作戦は何も思いつかなかったのでキユウの目の前まで足を運ぶことにした。あいつは吊り橋から一歩も動かないからな。その間に情報を得て、別の選択肢を探そうという算段だ。


 キユウは視界に入ったのか虚空を見ていた視線を俺に合わせる。


 漆黒に染まった二本の角。恐らく、職業は「鬼人」なのだろう。筋肉質な肉体に、和服という奇抜なファッションセンスは、俺と似たものを感じる。


目の前に来たが、様子は変わらなかった。人を見下すような鋭い眼差しで俺を見つめている。


「そこ退いてくれない? この先に行きたいんだけど」


 俺は睨み合いを切り抜け、一応交渉に挑む。


「そう簡単に通すと思うか?」


 キユウは声荒らげてそう返答した。


「うん、思わない」

 

すると、キユウはニヤリと微笑み、口角を上げる。


知ってた。そういう展開になるのはもちろん想定済みだ。


 「来るならこい。害悪ギルド「鬼怒哀楽」の総長が直々に受け止めてやる」


「そんなのどうでもいいから退いてくれ。この後バイトがあるんだよ」


「あぁ? 知ったこっちゃねぇなぁ」


ダルっ。いや、分かってはいたんだけど、ここまで面倒くさいやつだとは思わなかった。考えてみればそりゃそうか。自ら害悪ギルドと名乗るくらいだからな。


「お前さ、賞金欲しくないの?」


「別に要らねぇな。 害悪行為が出来れば十分だからな」


「へぇ、相当ストレス溜まってんだね」


「ストレスじゃねぇ。ただの娯楽さ」


感情で揺さぶってキユウの動きを引き出そうとするも、一切動じなかった。むしろ逆に士気を上げてしまった気がする。


ふぅ、焦るな。まだバイトまで時間はある。相手が動かないのであれば、作戦を練るまでだ。


しかし、突破する方法はこれ以上思いつかない。空中浮遊できたらな――とかしょうもないことだけがアイデアとして浮かび続ける。


「しかし、よく考えたな。βテスターを先に行かせて、無所属のプレイヤーを永久に突き落とすとはね」


「少しは尊敬しても良いんだぜ? 子猫ちゃんよぉ」


 このゲームには、武器やある程度威力のある物は弾かれるという性質がある。しかし、「フウリ」と握手を交わすことは出来た。つまり、威力がなければ相手に触れることは出来る。


 その原理を利用したのが、キユウの妨害だ。


「ああ。尊敬までは行かないが、考えは面白い。俺も研究熱心なタイプなんでね。けど、今は面倒臭いほうが勝ってるかな」


キユウはまたしてもニヤついた。


「お前が今どんな顔をしてるのか知らねぇが、相当悩んでいるみたいだな。この防御壁を突破する方法を。お前の顔をなんざ見なくたってわかるぜ。口だけは達者だもんなぁ」


「ブーメラン刺さってんぞ」


「ふっ……面白ぇ奴だ」


『本当は寂しがり屋なだけなのでは?』と思えてくるほどキユウは律儀に会話をしてくれている。いや、本当にそうなのかもしれない。


「そろそろ一発勝負と行こうか」


「さあ、こい!」


「スピ……」


『伏せて!』


「……?」


女性の声が間違いなく聞こえた。しかし、周りを見渡しても俺の近くにはキユウしか居ない。


「どうした子猫ちゃん。俺に見くびったか?」


『早く伏せて!』


わけも分からず今度は言われた通りに伏せる。


すると……


――パァン!


背後から銃声らしき音が耳に伝わる。その直後、俺の真上に風を切る何かが通過した。間違いない。弾丸だ。


「ば、馬鹿な……」


半分顔を上げるとキユウの額には赤いエフェクトが円形に刻まれていた。そして、キユウはそのまま背中から倒れこむと同士に、光となって消滅した。


『完璧ッ――!』


またしても女性らしき声が脳内に直接語り掛けてくる。


あまりにも一瞬の出来事に、状況も掴めないまま起き上がり、銃声のした方向に目を移すと、プレイヤーが茂みから顔を出し、俺に向かって歩いてきているのが見えた。





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