第3話 地獄の負けイベント

「どこだここは……?」


 気が付けば、俺は森にいた。周りを見渡すと、所々木々が赤く染まっている。それに若干薄暗い。昼なのか夜なのかも分からない不気味な空間だった。


 マップを開いてみると、この地は、血炎島けつえんとうと言うらしい。いかにも不憫な名前である。それに、島と言うだけあって、外周は海で囲まれているみたいだ。


 この手のゲームは街にスポーンして、そこからチュートリアルをこなすものだと勝手に想像していたが、そうでも無いらしい。


 そういえば、最初のプロローグでなんか言ってたような――かつて、島で暮らしていた一人の人間が、謎の霊に脅かされ、海を渡って島から逃げ出し、なんやかんやあって億万長者になったとか……。


「まあ、とりあえずステータスを確認す……」


「ガルルルル!」


「……!?」


 ガサガサと音のした先に目線を向けると、骨(?)が唸り声を上げ、赤い茂みから姿を現した。

 そのモンスターの頭上には骨狼スケルトンウルフと表示されている。その名の通り、骨の狼であった。

 例えるなら、理科室に置いてある、人体模型の狼版と言ったところか。


「って……レベルバグだろ!」


 レベルは99と表示されている。うん、明らかに初心者が来る場所じゃない。それに、運営から絶対に倒させないという意志を感じる。


 血炎島、禍々しい雰囲気、レベル99のモンスター。そこから導き出せる答えは――


「これ、負けイベじゃな?」


 誰がどう見ても違和感でしかない状況に、そう断言せざるを得なかった。


 その仮説が正しいのだとすれば、恐らくプロローグが関係しているはず――


(つまり、海を渡れと……?)


 いや無理無理。マップを見るに街までバカ遠そうだし、そもそも俺泳ぐの下手だし……。


「戦ってから考えるか……」


「賞金狩り」たるもの、ここで逃げ出す訳には行かない。"厳しい現実"を経験する。それが今後賞金を獲得するにあたって、活きてくるかもしれないからな――


「あれ、刀はどうやってダスノ……」


「ガルルルル!」


 モタモタしていると、骨狼スケルトンウルフは後ろ足で地面を蹴り上げ、問答無用で襲い掛かってきた。


「うおっっ! あ、あっぶねえ……」


 身体を捻り、間一髪で回避に成功した俺は何とか刀を取り出すことに成功するも、息つく間もなく、骨狼スケルトンウルフは体を反転させ、襲い掛かってくる。


「勝負だ……骨野郎!」


 俺は、両手で柄を強く握り締め、片足で踏み込み、右斜め一閃に振り下ろした。


 しかし、骨狼スケルトンウルフは狙っていたかの如く、刀に噛み付く。


 そして、刀は一秒もしない内に、狼の牙(骨)にかみ砕かれ消滅した。


「あっ……終わった」


「侍変人猫仮面男」から「変人猫仮面男」に退化した俺は、振り向き骨狼スケルトンウルフを一瞥する。


「この狼、どっから声出てんだろ……」


 ふと気になってしまったが、そんなこと今はどうでもいい。


 どうする――


 考えろ――


 僅か1秒の間に捻り出した答えは……


「に、逃げるんだYO……!!」


 木々という木々をかき分け、全速力で走る。

向かうは海岸。しかし、ここは島の中心。走ったとて、すぐに追いつかれるに決まっている。


「……くそっ、何か手はないのか」


 後方からの唸り声に怯えつつも、がむしゃらにウィンドウを開くとスキルの項目を発見した。


「これだ、スピードブースト!」


 と、宣告すると、身体の周りに青色のエフェクトが掛かり、明らかに走る速度が上昇しているのを実感した。


「ガルルルル」


「うおおおおおおお!」


 走りながら思ったことがある。この「スピードブースト」とかいうスキル、最初から使えるにしてはマジで強い。というのも、移動速度が上昇するだけでなく、スタミナの概念が使用中は無くなるらしい。


 つまり、スキルの効果が継続している間は、疲弊モーションが無くなり、スピードバフを受けつつ、無限に走り続けることが出来る。


 マジ神。これが無かったら速攻追いつかれて噛みちぎられてた所だったな……。たかがゲームとはいえ、想像もしたくない。


 そんなことを考えながら、木の遮蔽物を上手く利用し、ひたすら走り回っていると、後方から、モンスターの鳴き声が増えていくのを実感した。


 ある程度、モンスターとの距離が空いているのを確認したところで、振り向くと、スケルトンゴブリンやら骨鳥スケルトンバードやらが何十匹も追加されていた。いずれも、レベル99である。


「何だこのゲーム!ホラゲーかよ!」


 食らったら即死であろうレベル99のモンスターに追われ続ける光景はまさに地獄絵図であった。賞金を稼ぎに来ただけなのに、初っ端からこんな目に合うと誰が思った事か。


「くっ、スタミナ切れか……」


 ちょうど海岸に着くと同時に、俺の周りに付与されていた青色のエフェクトが消え、走れなくなった。


 振り向くと、やはりがちゃんと追尾してきている。きっと凄いAIでも積んでるんだろう――などと感心している余裕はなかった。


(泳ぐ……しかないか……)


「ガルルルルッ!」


「グアアアアア!」


「キィッッッッ!」


 赤く染まった木々を背景に、猪突猛進に突っ込んでくるスケルトン達。その異色な光景を目に焼き付け、覚悟を決める。


「鬼ごっこは終わりだ。じゃあな骨!」


 そう投げかけた後、海に視線を向け、浅い水面に勢いよく飛び込んだ俺は、水に触れた瞬間またしても、謎の光に包み込まれたのであった。





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