第72話 オッサン齢53歳にして地元住民と揉める。

 この2日ほどは順調だった。

 それは3日目の朝だった。


「なんか、受付のところに、オヤジ共が集まってるなぁ」

 長靴にツナギ、後ろポケットに軍手、もうこれ以上無いくらい農家のオヤジルックだ。

 それは3人ほど受付の入り口の前で待ち構えていた。


「おう、あんたらか、ここの間引きやってるのは」

 なんだ、わざわざお礼を言いに来てくれたのか、さすが田舎のオヤジはギリがたいな。


「おう、そうだぞ!このままいけば叛乱は防げそうだ」


「ありがた迷惑なんだよ、余計なことしないで帰って貰えないかな」

 え?


 想像していた反応と違い過ぎて次に言葉が出てこない。


「そんな!なんとか叛乱しない様に頑張ってるのに!酷いです!」

 俺の代わりに千紗が反論してくれた。


「それが余計だって言うんだよ!」


「すまん、意味が分からない中に入って話を聞かせてくれないか?」


 笹かまを交えて事情を聞いた。

 この人たちは中春別の酪農家の代表らしい、農協の理事もやってるらしく、彼らの言葉はここの地域住民の総意だそうだ。

 その上で事情説明と、俺たちの行動への抗議にきたそうだ。

 氾濫が起きそうな状況を踏まえて、近隣の酪農家は牛などの家畜を全て売り払ってるそうだ。

 何十頭、何百頭といる家畜を連れての避難は不可能なので売り払う以外の選択肢がないが、一斉に全農家が売るわけだから当然価格は暴落する。

 ちなみに氾濫で家畜が死んだ場合は保険適用外だそうだ。


 ただ、氾濫後は国が災害指定してくれるので、牛の買い戻し費用と設備の修理費用の6割、探索者協会が3割の負担をしてくれる。


 当然ながら牛乳は牛が子牛を産まないと出ないので、懐妊している牛の購入後から乳が出るまでの暫定期間として、6ヶ月間は農協が運営費の9割を補助してくれる。


 ただし、これはあくまで氾濫が起きた場合の救済措置だ。


 氾濫が起きなかった場合。

 協会は氾濫を阻止したのだから、負担金の支払いはしない。

 農協も氾濫時より復興が早いという理由で3ヶ月分しか補助してくれない。


 農家のオヤジ共はそれじゃ困るというのだ。


 周辺の協会員と地元探索者達は暗黙の了解で氾濫をスルーしようとしてたのに、ナカダニだけが空気読まずに救援呼ぶために騒ぎ立てたという事らしい。


「限りなくブラックに近いグレーだな」

「あー、普通にブラックじゃ無いっすか?」

 それもそっか。


「地元の人のためにって思って頑張ってたら、余計なお世話ってだってなると、流石にやる気失せるな」

「そっすね、帰っても良いんじゃ無いっすか?」


「ちなみに、これって俺たち帰ったらなにかペナルティあるのか?」

「今回は調査がメインすから調査報告出して終わりっすね」


「じゃあ、帰ろっか」

「そっすね、地元住民が氾濫起きて欲しいって言うんだから良いんじゃないんっすか」


 という事で全員撤収することになった。


 3兄弟に関してはこのままクラン体制を維持して、向こうからなにか言ってくるまで時間稼ぐことになった。


 ナカダニグループが何やら文句言ってるが知ったことじゃ無い。


「ちなみになんすけども、北海道で氾濫ってまだ起きたこと無いんすよ、あのオヤジ共氾濫がどれだけヤベェか分かって無いっす」

 帰りは俺たちの車と一緒乗って帰る事になった。

 その車の中でそんな話になったが、もう半分くらい帰ってきたので、今更引き返すって訳にもいかないタイミングでこの話になった。


「そんなにヤベェのか?」

「ヤベェっすよ、悪魔の証明って知ってるっすか?」

「あぁ、有るって証明は簡単だが、無いって証明は事実上不可能って奴だよな」

「そうっす、1回外に出たらモンスターがもう居ないって証明は不可能に近いっす。

 なんで、一生モンスター居るかもって場所で暮らさないとならないっす」


「確かになぁ、あのダンジョンの中に居る奴らが全部出てくるんだろう、抑えるのは自衛隊か?水際で抑え切れたら良いけどな」


「あー、絶対無理っすね、賭けても良いっすよ。

 一気に出てくるし、自衛隊はレベル上げとかしないっすからね、装備だけでどうにかなる量じゃないっす」


「それって、俺たち居なくて良かったのか?」

「一応説明したっすけど、全然話聞かないで自分達の意見通そうとばっかするんで、もういっかなぁって思ったす」


「説得するに諦めた感じか?」


「そっすね、このクソジジイどもみんな死ねば良いのにって思ったんで、説得諦めたっす」


「お、おう、ところで1匹だけダンジョンから出てくるってあるのか?」

「聞いた事ないっすけど氾濫してる時にイレギュラー出て全部殲滅したら、可能性としては無い事も無いのかなくらいっすね‥なんか気になる事あったんすか?」


「うーん、鹿がねぇ…遠近感で目の錯覚なのかもしれないから、なんとも言えないんだけど、なんか気になるんだよなぁ」


「そんな話出てないんで大丈夫じゃ無いっすか?」


「気にしたところでなにかできる訳じゃないしな」


「そっす、氾濫起きそうな時に、かもしれないレベルの情報伝えると現場混乱させたってめっちゃ怒られるので、スルーっす」


 俺たちは赤平の拠点に戻ってきた。

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