第62話 オッサン齢53歳にして悩む。

 いつも通りボスを倒した後、依頼を受けているので下の階に降りて沼地なのを確認する。


 ずっと、笹かまの言葉を考えていた。


“ダンジョンで出会うものは、味方か、殺す相手か、殺される相手しかいないっす”


 あの集団が来てからの、この忠告。

 強引な依頼の延期。


 流石の俺でも、あいつらが何をしようかくらいは分かる。


 あいつらでも、アンデッドエリアは超える事は出来るかもしれない。

 だが、その後にゴーレムが待ち構えている。


 あいつらと出会ってから、魔法戦士に関して調べてみた。

 笹かまが言うように戦士よりのクラスで、MPの伸びも少ないし、魔法は自身の物理攻撃をサポートするものとして使う構成になっていた。


 クラススキルも初級の属性魔法、自身の武器に覚えた魔法を付与する、同じく防具に付与する。

 といった感じだ。


 ネットの解説でも『魔法士と組み合わせる事が一般的』となっていた。

 ただ、『魔法士による防具制限を嫌って、他の職業になるものも一定数居る』とも書いてあったので、あいつらはその一定数なんだろう。


 物理攻撃メインのあの3人が俺たちが資金を集め切るまでにドラゴンまで到達出来るとは到底思えない。


 ここまで来たら、俺自身を支払い出来ない状態にするくらいしか手段は残ってないだろう。

 監禁するか、脅して探索者辞めさせるか…もっと手っ取り早く殺すか。


 どう考えても、1番手っ取り早い方法選ぶだろうな。


 正直あの集団を見ても負ける気はしなかった。

 ただ、殺せるのか?

 と言われると自信がない。


 少し前までは、普通のどこにでもいるオッサンだった。

 探索者になったのも、久しぶりにオタク心が復活しただけ。

 剣と魔法のファンタジー気分を味わいながら細々と生活する。


 そんな軽薄な気持ちで始めただけだった。


 この50年、喧嘩もまともにしたことがない。

 そんな俺が何人向かってくるか分からないが、本当に殺せるのか?

 殺して良いのか?


 そんな事をずっと考えながら今日の探索を終えて受付と戻った。


「あー、剣崎さん装備届いてるっすよ!思ったより早く着いたっす!明日かなって思ってたんすけど」


「そうか、今日はもうダンジョン入らないから明日確認するよ」


「了解っす」


「ずっと考え込んでるけど大丈夫?」

 帰りしなに、千紗が心配して声をかけてくれた。


「あ、うん、多分大丈夫」

 なるようにしか、ならんしなぁ。


 ー翌朝ー

 昨日来た装備を受け取ってボスへと向かう。


「今日は午後からよろしくな!」

 3兄弟が妙に明るくそんな事を言ってきた。


「あぁ、大丈夫だ」


 ボスを倒した後は沼地の方に降りて、色々試してみた。

 特に佐々木の摩伽羅が有効かを確認してみた。


 結果的に微妙だった。


 クラス特性なのか、水に膝くらいまで浸かって戦うと多少戦闘能力が上がる。

 だけど、水上戦闘ではないらしい。


 氷を張ってその上でって意見も出たが、俺の地元は小中の時にスケートの授業があった。

 氷上が恐ろしく滑るのは体験した人間じゃないと分からないらしい。

 まともに立っているのさえ、困難だ。


 靴が滑らないようにスパイクつければいけるかもしれないが、そうすると通常の時の戦闘に支障が出る。


「これは何か水上にいられるスキルか装備必要だな」


「そうですね、折角役に立てると思ったんですけどねぇ…」

 佐々木もかなり悔しそうだ。


 なんとかしてやりたいが、こればかりはどうにも出来ない。


 色々試していたら時間はあっという間に過ぎた。


 あいつらをキャリーする時間になる。


「今回は5層だけなんで、1人10万で15人分の180万が報酬っす。

 キャリーの対象者が死んだら貰えなくなるっすけど、自分の命の方が大切っす」


「全員のレベルはどれくらいだ?」


「数名10以上いるっすけど、だいたい6〜9っすね」


「HPは多くて300、少ないやつは200ってところか」


「ギリ200いってない奴もいるっすけどだいたいそんな感じっすね」


「分かった、行ってくる」

 今回は俺への単独指名で千紗はついて来ない。


 色々考えたが、俺も思うところがあるので、それを了承した。

 千紗に一線を越えさせる勇気が俺にはなかった。


 そして5階まで降りてきた。

 俺を先頭にして歩き、15人のあいつらの手下がその後ろをついてくる隊列で移動していた。


 少し歩くと、案の定3兄弟が陣取っていた。


「すまんな、死んでくれ」

 3人はニヤニヤ笑いながらその一言だけを言う。


「悪いな抵抗させてもらう」

 後ろにいた男たちが一斉に襲いかかってきた。


「お前が集団に弱いって事はとっくにバレてんだよー!」


 まるで砂糖に群がる蟻のように周囲を取り囲まれた。


「比率は3、7にしておくか、HP消費は200だな」

 ボボボボ!という低く何か衝撃だけが通り過ぎるような音と共に俺の周囲にいた奴らが全員吹っ飛んだ。


「スーパーアーマー分と合わせて300もHP使ったよ」

 物凄く久しぶりに俺はHPポーションを開けながら、3兄弟を見つめながらそう言った。


「ど、ど、ど、どういう事だ!」


「笹かまに良い装備買って貰ってな」

 そう言いながら、俺は3兄弟に左手につけた盾を見せつけた。


 ほぼ円形に近いが炎を意匠化したような形の盾で、その表面には怒っているような顔が施されており、不動王明王を彷彿させるような盾だった。


 破砕の盾

 効果 HPを消費して周囲にダメージを与える。


 解説 効果の発動には、比率と消費HPを決なければならない。

   比率は距離と威力を合計10になるように決める。

   距離は消費HPに関係なく、設定した数値mの範囲。

   威力は、消費HPの設定した数値×10%のダメージになる。

   具体的にだと、距離1、威力9、HP100で発動すると、1m範囲に90のダメージを与える。

   範囲と威力を自在に調整出来るが、自らの生命力と引き換えだという事を忘れてはならない。


 俺のためにあるような盾だ。

「殺さない程度に調整した。

 だが、これ以上やるなら次は殺す。

 どうする?」


 周りの手下達は戦意を失っているように見える。


 あとはこの3兄弟が折れてくれれば良いんだが。


「クソがぁ!死ねぇぇ!」

 半ばヤケになっている3兄弟の1人が突っ込んできた。


 タイミングを合わせるように後ろから魔法が飛んできた。


 魔法は自身の抵抗力に任せ、突っ込んできた1人に標準を合わせ『メダイストライク』。

 てっきり盾が2つ必要だと思っていたこのスキルは、片手だけで使用可能だった。


「グボァァ」

 1人目が打ち込んだ腹を抑えながら地面に転がる。


 残り2人に向かって歩いていく。

 走るのは苦手だ。


「ま、待て、話し合おう」


「今更、何を話すんだ?」


「そ、それはだな…」

 目の前で話してる奴が一瞬俺の後ろに視線が動いた。


「死ねぇ!」

 俺はスーパーアーマーを発動した。

 5秒も発動すれば充分だ。


 振り向きざまに後ろに回り込んでいた奴にメイスを叩きつける。


 最近はできるだけメイスを使うようにしている。

 武器装備して攻撃に使わないというのはなんともいえず恥ずかしい気がするためだ。


「ひぃぃ、頼む!殺さないでくれ!」


「殺してないぞ」


「…え?」


「俺はまだ誰も殺してないぞ」

 奪命の指輪は千紗に預けてきた。

 悩みに悩んだ末、俺はこいつらを殺さない事を選んだ。

 ここで、その一線を越えたら、俺はその場の感情で殺す事を止められなくなる。

 そんな気がした。

 甘いのも、覚悟が足りないのも重々承知の上で、やはりギリギリまでその一線を越えずにいたい。

 そう思った。


「そういう鉄也さん、私は好きですよ」

 って、千紗は言ってくれた。


「探索者としては大失格っすけど、人間としては良いんじゃないっすか?しゃーないんで俺がサポートしてやるっすよ」

 笹かまもこう言ってくれた。


「流石に次はないぞ?これ以上何かしてくるなら、動けなくしてボスの前に並べるからな!」

 全力で頷く相手をみて、あらかじめ用意してあったポーションの束を渡す。


「あとは自力で帰れ」

 そう言って俺はボスを倒して戻ってきた。


 歩いて戻らせるくらいのペナルティは与えても良いだろう。


 結局、俺は人を殺せなかった。


 半端な男だが、所詮オッサンなんだ。


 ヒーローでも勇者でも無いし、魔王にもなれない。


 半端な生き方しかできないオッサンだ。


 それでも、オッサンはオッサンなりの矜持がある。

 どんなと聞かれると具体的には言えないけどな。


 さ、明日も稼がなきゃな。


ー1章完ー


これにて1章完結とさせていただきます。

【後書き】

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お読み頂き、ありがとうございます。

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