6.悪夢が近づく(1) 同業者
何度も見た、夢の中。ただ少しずつ、あの時が一刻一刻と近づいてくる。それが怖くって、何度も同じ夢を見たいと願ってしまう。
そんな悲願の夢は高い声によって、覚まされた。
「起きて起きて!」
ベンチの上で寝かされていることが分かる、硬い感触。第一に目にしたのは、舞花の焦り顔だった。
彼女は俺が起きたのを知って、すぐに強張った表情を緩めていた。
「あっ、やっと起きた! 良かったぁ。もう少しで友人がいなくなって、そのショックで引き籠ってそれをきっかけにVtuberを見まくって、それでそれで自分もやりたくなってVtuberデビューして、世界的人気になっちゃうところだったよー!」
「そうか、危うかったな」
と口にすると、彼女はバシバシと勢いよく背中を叩いてきた。
「もう! そこは危うくないでしょ!」
「なっちゃうところって言ってなかった? イントネーションがどう見ても嫌だって感じがしてたんだが……」
「そこは『俺がいてもVtuberデビューはできるんじゃないか? 一緒にやろうぜ!』って言うところでしょ!」
「そんな難しい返答できるかっ!」
変な掛け合いを終わらせ、一息ついたところだった。俺が倒れたと思われる場所と違うことに気付いたのだ。
「あれ……? 舞花が運んでくれたのか?」
「いやいや、私が運べる訳ないじゃん! 通りがかりのおじさんにね。にしても。気付くの遅くない?」
「夢ん中で色々場所が変わったんだよ。で、感覚が変になってる」
舞花が「感覚が変になってるなんていつものことでしょ」とケラケラ笑っているが、ガン無視で通していく。それよりも、だ。
何故、彼女が不良に絡まれるような街にいたのか、だ。パパ活でも何でもよい。ただ少し危険なことに巻き込まれるのではないかと気になってしまった。
たぶん俺は俺で舞花がいなくなったら、寂しいと思うからなのではあろう。
「こんな場所に何で来たんだよ」
きっと何か他の理由でもあるのだろうか、と。考えている間に返答が飛んでくる。
「いやぁ、夜中に怪異を退治するっていう謎の秘密結社があるみたいでね。そのアジトが近くにあるかも、なんてSNSに来たから調査に来てみたんだよ。まぁ、悪い怪異どころか、悪い人達しか会えなかったんだけど」
話の内容を一瞬聞き飛ばしそうになって、意識する。内容をもう一度頭の中で再生してハッとした。
怪異を倒している存在がいる。事実に対し、驚きと少々の喜びを隠せはしなかった。
お近づきになるかどうかはともかく、存在してくれていればありがたいとは思う。なんたって怪異を消してくれる手間が省ける。少しでも怪異を消したいと思う、この状況。俺一人の手では足りないと感じていたのだから。
その結社に交わる人々は間違いなく怪異を信じて、研究していると予想される。そうなれば、情報が手に入るかもしれない。怪異に会うのだってそう簡単ではない。秒刻みの時間にしか出会ない怪異だっている。人が多ければ多い程、助かる。
後喜ぶ理由はもう一つある。
秘密結社が何のために怪異を倒しているか、が気になるのだ。
集団であれば、もしかしたら俺と同じ理由で怪異を倒している人もいるかもしれない。
「その中にもっと詳しい人がいれば……」
「何、ぶつぶつ言ってんの?」
「あっ、何でもない」
秘密結社のことは忘れてもらわなければ、だ。彼女がまた変な危険に遭う可能性がある。情報だけありがたく貰って、何か理由をつけて帰ってもらおうと思った。
しかし、思い付くものがない。
悩んだところでいきなり雨が降ってきた。真上を確かめても雲一つない真っ赤な夕暮れ空なのに、だ。
今の状況を冠する言葉を俺は知っている。
「狐の嫁入り……だ」
横から不思議な眼で見つめられてしまった。やはり、彼女はこの言葉を知らないらしい。
「狐が嫁に入る……? 何か語彙的には何か凄いロマンチックだけど、それがどうして狐の嫁入りになるの……?」
「そりゃあ、狐は不思議な力を持っているから」と言いたかった。しかしながら、今の彼女達には理解されないのだ。またもや妖怪が消えてしまったことを思い知らされ、打ちひしがれそうになる。
ただ俺が彼女を帰そうとする理由を用意する必要はなくなったみたいだ。
「こんなんだし、今日は帰るね。逆に何で空見はこんな場所に……」
「ああ……バイトだよ。今日は近くでバイトをするから来てたんだ」
「忙しいね。頑張って! 後、濡れないように早く仕事場に行くんだよ! いいね、分かったね!」
「う、うん……あっ、そうだ。また変な奴に絡まれないように注意しろよ!」
「だ、大丈夫だよ。私、痴漢はされたことがないから! このボサボサで男だって思われることが多いのかなぁ。根暗だし! 電車の中とかでスマホ見てニヤリとしてるタイプだから! 気持ち悪くて誰も近づかないって」
「痴漢の中に舞花みたいなのが好みの奴もいるかもじゃねえか。今まで会ったことないだけで! それに今や男だって痴漢に遭う多様性の時代だぞ」
「嫌な多様性だね……でも、そっか」
「俺は痴漢が現れたら、肘で突いて倒せる自信はある。これでも護身術は教わったことがあるからな」
「へぇ……初耳!」
教えてもらった、あの人達の顔を思い出す。そして、ぐっと拳を握りしめていた。あの人達のためにも俺は動かねばならない。
そうとしているうちに俺のスマートフォンに通知が入った。居酒屋の洗い場バイトの時間が迫っていることを教えてくれた。このままでは遅刻になってしまう。
「あっ、って話してる場合じゃなかった……じゃあ!」
「またね!」
走り出す。と、共にもしかしたら俺の運命の歯車は回り出したのかもしれない。
「遅刻遅刻! あっ!」
まるでラブコメディ、か。
黒髪の大人しそうな女性が思い切り目の前で転びそうになった。
彼女がくわえていたパンが宙に舞った。女性は転ばぬようバランスを取ったかと思うと、地面を蹴って落下するパンを口でキャッチする。あまりに華麗な動きに見とれていたのが悪かったか。彼女はそのまま俺に頭からぶつかってくる。
「ぐふっ!」
鳩尾にヒットした。先程の不良も一発も俺にしっかりとした攻撃を当てられなかったのに、だ。彼女はとんでもない一撃を喰らわせてきた。
ぐっと
「あっ、ごめんねごめんごめん! 怪我はない!? ごめん、急いでたのよ! もうすぐ仕事で! 予定より出発するの遅れちゃって!」
腹を抑えて立ち上がって、ようやく反応をしてみせる。
「そうですか……間に合うんですか? もう、五時四十分ですが」
「……間に合った。六時からの仕事を登録してたから。良かったぁ。あっ、本当ごめんね。これ、トマトジュースだけど取っておいて。あっ、いいのいいの。たくさん持ってるから。欲しかったら言ってね。あっ、お菓子もあるからマシュマロとかチョコとか好き?」
彼女は小さな鞄から次々とジュースやらお菓子やらを出してくる。あまりに勢いよくて受け取るのを拒否するのに難航した。今から仕事へ行く身。鞄からお菓子がはみ出ていたら非常に恥ずかしい。
「ちょっとちょっとちょっと待ってください! そんなに大丈夫ですって!」
「そう? 気が変わったら、行ってね。じゃ、本当にごめんね! わたし、行かないと!」
「お仕事、頑張ってください」
なんて俺が目の前にある居酒屋の古臭い暖簾をくぐり、扉を開けようとしたところで再び彼女の手に触れた。
彼女が目を見開き、喋り出す。
「あら……君も同じバイト……?」
「えっ……ええ!」
「じゃあ、ベテランバイトのわたしが色々教えてあげるから……ってしまった。いつも天狗になっちゃうわたしの悪い癖……」
彼女が右手でぺしっと自分の頭を叩いている。
何十秒間か空白の時間が続く。
俺はどうやら驚いた時、すぐ声が出るように設計されていないらしい。彼女が再度扉に手を掛けた時、やっと驚愕の声が出た。
「えっ? はっ? 何で?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます