4.悲願の夢(4) お狐様

 次に意識を取り戻したのは、夢の中だった。現実よりもハッキリしているかもしれない状況の中、やることが一瞬にして分かった。

 目の前にいる少女を追い掛けること、だ。これは前回の夢の続きのはず。座敷童が雇い主を紹介してくれるところまでは覚えていたはず。

 なのだが。


「きゃあああああああ! 変な人がついてくるー!」


 一瞬状況の把握を間違えたか。または人違いかと思った。しかしながらすぐに気付く。

 目の前にいるのは間違いなく、俺のよく知っている座敷童だ。

 彼女は後ろにいる俺に対し、舌を出して「からかいました」と言わんばかりのあざとさを見せつけてくる。


「冗談だって! ほらほら、ついてきてついてきて!」


 すぐに思い返す。よくこの座敷童に騙されたことも。

 そしてとてもガサツだということも。

 彼女は雑木林の茂みの中でも構わず、突っ込んでいく。例え低い樹の枝がこちらの顔や腕を引っ掻いたとしても気にも留めず、駆け抜けていく。

 この夢を見る時はいつも雇い主に会うことはできているのだが。今回こそは置いてかれるのではないかとの不安も絶えてはくれなかった。


「待てよ!」

「やっぱ、都会のゲームっ子って外で運動とかしないの?」

「俺はしてる方だぞ? 確かにゲームとかもするけどさぁ」


 両親がほぼ家にいないので、祖父母に預けられていない時以外は勝手に置いてあるゲームで遊んでいる。彼女の言うこともあながち間違いではない。

 と言っても、彼女の速さは尋常ではない。勘ではあるけれども、俺のクラスにいるリレー選手よりもよっぽど足が速い。

 一つ一つ体をボロボロにしながら動いていく。先日降った雨のせいでできたぬかるみで跳ねた泥がズボンや服についていく。祖母の方が後で怒るだろうなぁと心配をしながら進んでいくと、祠を発見した。祠の前には誰が用意したのか、美味しそうな稲荷寿司が幾つか用意されてある。

 「こんなところに祠があったんだ」と呟く俺の横で座敷童は元気に挨拶をした。


「お狐様! いますかぁ!?」


 返事がない。彼女の言う雇い主など存在しないのでは、と。本当に彼女は座敷童なのか。ただただ俺をからかって、ここまで連れてきたのではないか。なんて首を傾げていたら、座敷童がひょいと稲荷寿司を食べ始めた。


「ううん、この絶妙な油揚げの味。この爽やかな味が酢飯の酸っぱさとマッチしていて、美味しいね。ゴマが振りかかっているのも良し!」

「待てよ。それって、お供え物じゃ」


 俺が注意した途端、彼女はこちらの口に残っていた稲荷寿司を突っ込んできた。味だけで分かる。今まででは食べたことのない程の絶品稲荷寿司。油揚げがほろほろとして、口の中で踊るなんてあり得ないと思っていた。グルメ番組なんて単に表現を誇張しているだろうと疑いまくっていた俺に革命が起きた。


「お、美味しい」

「でしょでしょ! じゃ、私ももう一つ!」


 彼女が調子に乗ろうとしてたところで、声が掛かった。


「おい」


 その声に気付き、振り返るといつの間にか狐色の髪をした着物姿の女性が立っていた。あまりの気品や美しさに幼少年の俺でも震え、声が出なくなりそうであった。狐っぽい眼でじろりとこちらを見つめる。


「小僧、迷い込んだのか? その寿司はわらわのものなんだが」


 ただ黙っていた原因として一番大きいのは怒られないかとヒヤヒヤしていたから、に違いない。彼女に睨みつけられた時、ほんの少し泣きそうになった。


「ごめんなさい!」

「あっ! お狐様! 出掛けてらっしゃったんですね!」


 今度はじろっと挨拶する座敷童の方を見つめた。口についている酢飯。そして礼をしつつもまだお供え物の稲荷寿司を食べている彼女を見て、真実に気付いたようだ。


「ああ、小僧すまん。あらぬ疑いをかけたようだな」

「は、はい……?」

「この小娘にそそのかされたんだろう。ふん、相変わらず身の程知らずな小娘じゃのう……わらわの大好物を出掛けている間に盗むとは」


 座敷童の方は彼女の方にも残った稲荷寿司を渡していく。


「ほらほら食べちゃってくださいよー!」

「それ、元々わらわのものだったんだが。何で小娘に所有権が渡っているのだ!?」

「でもあんな野ざらしにしてたら、虫が最初に食べちゃうよ。もったいないですよ!」

「言われてみれば、そうだな。お供え物を放っていたわらわにも非があるのかもしれ……あるのか、ないのか? まぁ、もうどうでも良い」


 最初は何だか不思議な感じがした。怖いとも感じたが、意外に頭の柔らかい人だった。怖いお姉さんが今は親戚の少し威厳のある、話の分かるお姉様に変わっていた。


「で、そこの小僧はただの人間のようだが」


 座敷童は来た目的を思い出し、彼女に説明していった。


「ああ! そうだそうだ! この子が私が本当に座敷童か、とか、誰に頼まれているのか、とか知りたいみたいだったので!」

「なるほど……ううむ? ううむ? 何で勝手に教えてるんだ……?」


 お狐様と呼ばれた存在は何故か唸っている。俺はお呼びの存在ではなかったか。妖怪がいるとの真実は未だに信じられはしないが、場違いである感じもした。


「お邪魔だったら、俺は何も覚えてないってことで帰るけど……だってまだお二人が何か怪しいものとかって分かった訳じゃないし……単にお供え物の稲荷寿司を食ってたってところしか見てないから……」


 変な人達に出会った。それだけで終わる。俺は人知を超えた能力を見ていない。イタズラ好きな人が稲荷寿司を食べた記憶があるだけだ。

 後ろ歩きで立ち去ろうとする俺にお狐様は手を前に出し、声を掛けてきた。


「待て。別に追い出そうと考えてる訳じゃない」

「えっ?」

「今の子供はわらわの姿を見るとすぐに怖がって逃げる。その上、座敷童と会っても知らん顔。知らない人には話し掛けちゃいけないとはある。確かに不審者との交わりは避けた方が良かろうが、少し寂しいところがあるし、つまらん。少し位、人間とは違う存在と交わっても問題なかろう。そういう思い出がある小僧も面白い」

「いいの?」

「その方がわらわも永く生きることができるからの」

「永く生きられる……?」

「いや、まだ関係のない話か。多分小僧が寿命で死んだ後の話じゃ……今の世間じゃまだ問題はないだろうな」


 まるで俺は一生意味を知る必要はないとの言わんばかりの話だ。

 上から目線の態度に少々苛ついた俺は「ふぅん」と声を出しながら、近くの樹に寄りかかる。

 お狐様が「あっ」と声を掛けた時には遅かった。

 俺の顔に何か降ってくる。たくさんの穴がある木造の何か。手元には黄色い生き物が真っ黒い目でこちらに途轍もない殺意を放っている。


「えっ……はっ……?」

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