3.悲願の夢(3) 幻想使い
舞花が「何で!? 空見がここにいるの!?」と。それはこちらのセリフでもあろう。
不良達はこちらの態度に怒るかと思ったら、からかいの言葉を入れてきた。
「何だぁ、ヒーローごっこのつもりかぁ? 颯爽と地味な彼女を助けてって奴か?」
そんなつもりは毛頭ない。
アンタみたいなのがいるから、人は希望を願う。人には成しえない希望から怪異が生まれ始める。
悪を殺してと願うものが現れれば、人を死に至らせる怪異が出現する可能性もある。
さすれば怪異討伐をしている俺の手間が増えてしまう。それを防ぐためだけ、だ。
ただ怪異討伐なんて一般人からしたら夢見事。信じてもらえないから、別の言葉にすり替えた。
「別にそんな訳じゃあない。単にむかついただけだ」
あまりに冷静な態度にこちらが何か反応をすると思っていた彼等からしたら、面白くない。もう一人の相手が俺の足を蹴りつけてきた。
「ふんっ、澄ましやがって! こいつからも金、盗っちまおうぜ!」
狙いが俺になれば十分。
奴等が一人が俺を羽交い絞めにして、もう一人が金を無理矢理取ろうとしてくる状態だ。
「安心しろ。金さえくれれば、殴りやしないからな」
そんな奴だが、俺の膨らんでいるポケットを見て財布を取ろうとした。そこで財布がポケットからひょいっと飛んでいく。
そして五百円玉が大量に弾け飛んだかと思えば、全て転がって
「ちっ、折角、ゲーセンで使おうとしてたのに……!」
舞花の方は当然「滅茶苦茶トラウマやん……ざっと数十枚……一万円は飛んだよっ!?」とこちらを憐れんだ視線を向けている。
男二人はその様子に仲間割れを始め出す始末。
「おい! 早く札だけ抜いてずらかるぞ! 随分目立っちまったし……」
「い、いや、それが……マジでお札がねぇ……」
「何だよ! お前の出し方が悪かったんじゃねえのか!?」
「んなことねぇよ! 財布が勝手に飛んでったんだ!」
「言い訳してんじゃねえよ!」
なんて言い合いのおかげでこちらを羽交い絞めにしている男の力が弱まった。だから的確な肘打ちを一発。相手の顎に当てた。
「ぐはっ!?」
そいつの口から唾が飛び出るものだから、そそくさと避けていく。顎を抑えている相手が追って来ないように、かかとで相手の股間にある急所を狙う。
当たれば激痛。
悶えた男はその場に倒れて痙攣の真似事をし始めた。となると、問題はもう一人の男。
「ああ、最悪だ! 殴らせろ!」
雑魚っぽく飛び掛かってくる一発。今まで戦った相手と比べれば、軽すぎる一発。さっと避けるどころか、足を出して転ばせるだけの余裕もある。
「何か、身のこなし、凄すぎない……空見、何か武道でもやってたの!?」
俺は首を横に振った。別に武道などはやっていない。武道をやっていないだけであるが。
奴は逆に自身を誇示しようと立ち上がって口にする。
「こちとら元ボクシング部だ! 泣かせるぞ、ごらぁ!」
嘘だと思いたい。
なんたって、天下のボクシング部がこんな力のない拳を撃つことができるとは思えない。
「泣かせてみろよ」
「雑魚がっ! 逃げるんじゃねえよ!」
その一言を皮切りに奴はこちらを「雑魚」と呼ぶようになってきた。「雑魚がっ!」と殴ろうとする度に言ってくる。
何度も繰り返される悪口におかしな感情を覚え出した。共感、だ。
当然、そいつを許せるような共感ではないのだけれども。心に顔を出した好奇心が俺の口を動かしていた。
「アンタ雑魚、って言われるのが嫌だったのか?」
「うるせぇ!」
答える気はないのならば。
俺お得意の幻想を見せてやろう。後ろに虎でもいるかのような気配を幻覚で作り出す。
「答えろっ……!」
食うか食われるかの威圧感。
本当の暴漢でなければ、これに恐れない訳がない。後ずさりをして、それでも少し強がってみせていた。
「何だよ……ど、同情でもするつもりなのか!? 何でだ!? 何でだよ!? 同情なんていらねぇんだよっ!」
「同情じゃねえよ。単に確かめたいだけだよ。昔、人が教えてくれたことが本当なのかってな」
あの子が言っていたのだ。ふと喧嘩の最中にそれを思い出した。
『悪口ってさ、自分が言われて嫌なことを選んでいるんだよね。だから悪口を言う人って余裕がないし、自分が苦しい時なんだよ』
当然、相手は否定する。必死になって、汗を掻いて。
「んなこたぁねえよ! 雑魚なんかじゃねえ! 雑魚なんかじゃねえ!」
逃げるな。そう言いたかった。自分自身の弱さを認めることから、逃げるな。
後回しにすることも逃げることも許さない。
「お前は雑魚って言われることが心底嫌で、そこから強くなるために変になっちまったって訳かよ。おい、これが強さかよ! 弱い人に喧嘩売って、金取って、それが本物の強さかって言えるのかよ!? それでアンタは楽しいのかよ!? なぁ……?」
「せ、先生……」
彼が俺のことをそう呼んだのも、幻覚の作用だ。
俺は今、彼に自身の姿を彼の親や学校の先生に似せて作っている。顔などは分からないから、そこに靄をつけて。
スーツなんかを着せれば、大抵は先生だと思ってくれる。
人はやはり思い出を刺激されると弱い。それは俺が一番分かっている。
「お前達は違うだろ……まだやり直せる……信じてるぞ……」
「先生……ごめんなさい……先生、すみませんでじだ……」
相手が戦意喪失になったところで喧嘩は終了。俺はすぐその場を舞花から一緒に逃げていく。
当然、幻覚が分かっていない彼女は俺の説得で泣きだした男に対しての説明を要求してきた。
「えっ!? 説得だけで泣かしちゃうとか何やったの!? もしかして気付かないうちの催涙ガスでもぶちまけてた……? そういや、私の目もちょっとしょぼしょぼするような」
そんな訳がない。俺はただ相手に幻覚を見せていただけだ。
何故か勝手に泣き出しそうな舞花。彼女は更に質問を続けていた。
「で、後、何で先生って言って泣いてたんだろ?」
幻覚のことをありのままに話したとして。
信じてもらったとしても、この話をすれば彼女を危険に近づける。だから、いつも通り騙すのだ。
「さぁ……思い出し笑いって言うのはあるから、今回は思い出し泣きって奴じゃねえの? 昔世話になった人のこと思い出してさ」
「そっか!」
昔、世話になった人。
俺に幻覚の異能をくれた人の顔を思い返す。その瞬間だった。頭が大きくぐらついた。
どうやら幻覚の力を調子に乗って使い過ぎてしまったみたいだ。副作用のように目が回っていく。
「うう……」
「えっ、ちょっ!? 空見!? 空見!? さっき殴られた場所が痛いの!? 大丈夫!? って、あれ!? 空見、そういや一発も殴られてなかったよね!? じゃ、どうしたの!? 空見!?」
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