2.悲願の夢(2) 隔てられ
何度も同じ状況を夢として見ているが、飽きることはない。あの子と会える唯一の場所がここなのだから。
もう少しだけ、この場所へと望むものの目覚めが許してはくれない。景色が収縮する。
気付けば、目の前には誰かの背中と黒板が。後ろで誰かがちょんちょんとしている。小声で声を掛けてくれているみたい。
「おおい……起きなよ……起きないと……あっ」
誰かの声が止んだ。ふと上を見上げると、そこには大妖怪ぬらりひょん。ではなく、単に渾名が「ぬらりひょん」とだけの頭の毛量少なめの国語教師が上からを睨んでいる。
「よくもまぁ、気持ちよさそうな寝息を立てていたものだなぁ」
後ろから「あちゃあ」の声。教師の声に驚いた俺が思わず首を上げた。その瞬間、痛みが走る。
「うぉっ!?」
「ぐわぁっ!? いきなり顔を上げるなっ!」
どうやら上げた頭が教師の頭に激突したらしい。ぬらりひょんの頭はかなりの鋼鉄製だったのだろうか。驚愕する声だけで痛がっている様子はなかった。
こちらはかなりの激痛だ。
「いいか、ちゃんと起きてろよ」
「はぁい……」
クラスの中で笑い声が響くもやめさせたくなる。皆の笑い声が頭の中で振動して、傷口を刺激する。
ただこの痛みは授業が終わっても止まることはなかった。
皆もこのことなどすぐに忘れよう。
たった一人、何とかしてくれようとしてのは後ろの席にいた彼女だけだった。
「あーあ、たんこぶできてる……」
「石頭のせいで」
「いやぁ、それは
彼女がぐぅの音もない正論を俺に叩きつけてきた。確かに寝ていた俺に九割九分、非があると言えよう。反省しつつ、椅子に座った状態で彼女の方を向いた。
「わかったー悪かったよ」
「ふぁああ……ちゃんと夜寝てんの?」
彼女、
眠れなかったか、の質問に対してか。自分としては昨日、真夜中まで狐女の処理をしていたせいで帰ったのが真夜中。風呂に入っていたら、スズメの
しかし、都市伝説が本当に存在しているとは思わないだろう彼女に言うことではない。
「ゲームしてたから、かな」
「あっ、それって最近流行りの美少女系ホラーゲーム? 昨日言ってたじゃん」
「表現が妙にリアルで怖かったな」
きっと俺が非日常を生きていたことを舞花は知らないはず。そう思いつつ、眠気覚ましにペットボトルのお茶を飲んだ瞬間だった。
「あっ、あっ、そうだそうだ! ねぇ、噂なんだけど空見っていつからルキさんと付き合ってたの!?」
舞花とは別の方向にお茶を噴き出していた。
昨日やってたことがバレバレだ。
ルキとはクラス一の美少女であり、妖狐が俺に近づくために変装していた相手だ。
心の中では妖怪を信じていない人に対して、実際の話をしても笑い者になるだけだろう。早く何とかして、間違いだと思わせなければ。
ペットボトルを持っている震えて手を隠して、彼女に説明する。
「見間違いだろ。何処から出てきた噂だ。何処から……」
「いやぁ、実際、昨日、私見ちゃって。夜歩いてたとこで……後ろ姿が二人共そっくりだったんだよ。ゲームやってたって言ってたけど、それだけじゃなかったんでしょ?」
妖狐と俺が共に歩いていた時間。確か午前零時を回っていたような気がする。女子高生が一人で散歩する時間ではないと思うのだけれども。
「夢か、人違いじゃねえか。ってか、クラスで一番の美少女ルキが俺なんかと付き合ってくれると思うか」
「……そうだね! クラスの第一軍であろう彼女と落ちこぼれカーストワーストの私達が一緒になる訳ないよね。変なこと言っちゃってごめん」
今の俺の説明で何とか誤解は消えたみたいではある。ただ、何か悲しい。自分で話したことのはず。それでも心の中に埋まらない穴ができてしまった気がする。そよ風がちろちろとそこを通っている。
と言っても、別にクラスの第一軍になる必要もない。できれば、目の前にいる彼女と駄弁っていたい。
舞花といると疎外感もなく、平穏な生活を送ることができる。彼女自身も同じであろう。
たった一つの
「にしても、さっきのぬらりひょんの顔、傑作だったなぁ」
「ぬらりひょん? 何、それ?」
心に隙間風が吹いた。彼女と俺との不思議な壁があるのだ。
当然、彼女は座敷童なども知らない。
これは彼女だけに限らない。この世界にいる人間に当てはまるものだ。
誰も彼も日本の伝承に伝わる妖怪のことを全く覚えていない。自分が推していたものを誰も知らない悲痛な状況に打ちひしがれそうになる。
その際、彼女が暴風を起こし始めた。
「それよりもさ! 最近、道端でいきなり踊り出す猫や犬が出るって話がネット上でちらほらあるんだよね……」
彼女は妖怪を知らぬものの、怪異に関しての知識はある。
人一倍好奇心が強いようでオカルトの情報を事細かな場所まで調べ上げているのだ。
ヤンデレ狐を筆頭とする怪異を討伐をしている俺は危険なものが何処に潜んでいるのか、どんなことをしてくるのか分かれば、大助かり。
彼女はきっと俺が怪異を成敗していることは知る由もないだろうが。
「それは真夜中なのか?」
「ううん、日中」
「犬や猫が実際に踊り出すなんて怪異、夜じゃなきゃ別に怖くもなんともないし……見つけたとして、そこにロマンはあるのか?」
「確かに……地味だね……今回、空見はやめとく?」
「うん。バイトで忙しいし、後は舞花に任せとく」
「じゃあ、詳しい話が分かったら、また、ね!」
彼女が昼間に怪異を探すことだけに集中していれば、俺が夜、裏でやっていることに気付くことはないだろう。
いや、そもそも知ったとしても興味を持たないのかもしれないが。
俺も舞花のそこら辺の事情に関しては全く興味がない。
放課後、舞花が繁華街の路地裏で何かをやっていたとしても。その路地裏で不良っぽい奴等に絡まれていようとも。
「おい……そこの姉ちゃん、何処か行くなら金ちょっと貸してくれないか? 困ってんだよ。人助けだと思って」
「少しでいいんだよ。財布の中身全部! どうせ色々やって儲けてんだろ? こちとらバイトやってても、そんな貯まんないのよ」
俺は怪異の噂を聞き付け、動いているだけ。放課後の繁華街で彼女と鉢合わせて、何か探られるのも非常に心地が悪い。
「えっ……あっ……? え、えっと、わ、私……?」
舞花に関しては妙なところでオドオドしているからか、不良に付け込まれやすい。舞花には何を言っても反論してこないと思っているのだ。
運が悪かったな、と思うしかない。
その不良達、相手に。
「あのさ、アンタらがパチンコとか煙草とか酒とかに金使ってるから、すぐ無くなんじゃねえの? 知らない女子高生から無理矢理金を借りようとするなんざ、人間として腐ってるんじゃねえか?」
「空見!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます